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思い出の地の災害

このたびの広島市の大雨に伴う土砂災害で多くの犠牲者が出ているというニュースを見て、痛ましくてならない。というのも、私は大学4年生の夏を安佐北区加部で過ごしたからだ。

もう30年以上も昔の話。広島文教女子大学(当時は短期大学だったと思う)で行われた2ヶ月ほどの図書館司書講習を受けた。この講習を受けるかどうかは、私の人生の大きな岐路だった。私は教育学部の学生ではなかったのだが、教員免許に必要な単位も取得していて、あとは教育実習に行くだけのところだった。ところがその教育実習の日程と図書館司書講習の日程が一部重なってしまったのだ。

私は司書講習を選んだ。子どもの頃から図書館で働きたいと思っていたのと、私が先生になんぞなったら生徒が可哀想だと思ったのが大きな理由だ。司書資格を取ったからといって就職先が見つかる保証はなかったから、いまから思うと大きな賭けだった。結果としては運よく拾ってくれた図書館があったのだけれど。

2ヶ月間朝から夕方までみっちり講義を受ける毎日だった。寮に帰ってからもレポートを書いたりで忙しく、また自分の卒論の準備もしなくてはならなかったから、持参した分厚い『国歌大観』と首っ引きだった夏の夜をいまでも懐かしく思い出す。講習でともに図書館学を学んだ友とは、いまに至るも年賀状のやり取りなどしている。

お盆の間だけは講習が休みだったので、その間は郷里に帰った。その往復のバスの窓から見た安佐北区近辺の景色はいまでも記憶に残っている。国道54号線の東、山の際ぎりぎりまでぎっしりと家が建ち並んでいた。おそらく広島市のベッドタウンとして開発されたのだと思うが、当時の私の目から見ても「あんなところに家を建てて大丈夫?」と思われるようなところまで家並が続いていた。そもそも講習が行われた大学の立地からして、すぐ裏は山だった。寮の中、部屋の中まで入り込んでくる大きなムカデには往生したものだが、寮で飲む水は山の水を使っていたのかめっぽう美味しかった。

あの頃より更に宅地開発は進んでいたに違いない。そこが崩れたのだ……。飲むと美味しかったあの水が、山の斜面を削り落とす濁流と化したのだ……。なんともやりきれない……。

行政の避難指示が遅れたことは指摘されているが、それよりはるか以前の問題として、山ぎりぎりのあそこまでを宅地として許可したことの過失のほうが大きいと私は思う。ましてや土質は崩れやすいまさ土である。宅地を広げることが優先されて安全性が軽視されてきたのではないかと疑う。

共に学んだ友達も、今回の災害の報に接して当時のことを思い起こしているに違いない。加部という地に青春の思い出の一コマを刻んだ者として、犠牲者のご冥福をお祈りするとともに、今後このような悲しい出来事が起こりませんようにと願わずにはいられない。合掌。

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コメント

そうでしたか・・・。2ヵ月とは言え、人生の節目に当たっていた時を過ごした土地であれば、さぞご心痛だったことと思います。交流のある人がいるわけではないとしても、土地そのものに愛着が湧きますものね。(>_<)

比較するなどもってのほかですが、私もちょっとだけ経験があります。小学校1年の夏休みに、伊豆の石廊崎近辺に海水浴へ行きました。記憶が定かではないのですが、その場所が74年の伊豆半島沖地震で山崩れの被害に遭ったんです。

当時のTVニュースで放送された空撮映像に、家族で食事を取ったレストラン(?)のテラスが、半ば土砂に埋もれた姿で映し出されていました。旅行から数年たっていましたが、自分がかつて足を踏み入れた場所の悲惨な姿に言葉を失った覚えがあります。ほんの2~3日居ただけの土地なのに、そこが天変地異に襲われたことでなおさら強く記憶に刻まれたのでしょうね。

・・・ただ、どうも海岸で遊んでいたときの周辺風景の記憶と、山崩れで被害を受けた地域の今の映像がかけ離れていて、ホントにそこだったのかどうか自信がなかったりしますが。(^^;)

広島では、過去の災害の教訓が生かされませんでした。発生時刻だったり、その後の住宅地域の広がり具合だったり、3時間で1ヵ月半分の雨量という記録的な豪雨だったり、様々な原因が考えられます。でも、わかばさんのご指摘が一番の原因であったように、私も考えています。

安全や安心よりも経済優先。そうしたこの国の在り様が、今回の災害を引き起こしたと言えましょう。開発を許可して、災害が起こってから対策を考えるというマヌケな行政が延々と継続されてきたそのツケが、人の命という代金で今支払われているような気がします。(-_-;)

投稿: モトキ | 2014年8月24日 (日) 00時18分

モトキさん

モトキさんも同じような経験がおありだったんですね。足を踏み入れたことのあるまさにその場所が被害を受けたというのは、さぞかしショッキングなことだったろうと思います。楽しかった思い出が辛い思い出に上書きされていないことを祈ります。

モトキさんのおっしゃるとおり、広島のあの地域は以前にも同じような災害を経験していたのに、そのときの教訓が生かされなかったようです。もっとも、せっかく家を建ててそこで暮らしている方々に、そこは危ないからどこかへ行きなさいと言うのも酷な話で……。

今回の災害の一番の教訓とすべきは、自然を前にしたとき最後に頼るのは己であるということでしょう。行政がする危機管理などどうしたって後手後手で不完全なものに決まっています。基本的に己の身は己が守るということを、常日頃から忘れてはならないなと思いました。

日本全国、どこで今回と同じような事故が起こるかわからないそうです。モトキさんもどうぞお気をつけくださいましね。

投稿: わかば | 2014年8月24日 (日) 21時13分

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