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2014年10月

エボラ出血熱に思う

ついに日本でもエボラ出血熱の脅威が現実のものとなってきた。リベリアに滞在していた男性が本夕羽田空港で発熱を訴えたという。血液検査をしてエボラウイルスの有無を確かめるというが、ただの風邪であってほしいと祈るばかり。そして検査に従事される方々の安全が徹底していることを願う。

アメリカでは、エボラ流行地域から帰米した医療従事者を21日間自宅隔離する案が取沙汰されている。オバマ大統領は、現地に赴こうとする医療従事者のモチベーションを下げることになるとして、この案には反対のようだが、多分に政治的駆け引きも見え隠れしているようで、いささか危機管理意識が薄いような気がする。なにしろ感染すれば死亡率50~80%とも言われ、治療薬も確定していない病気なのだから、水際で防ぐしか手段はなさそうに思われる。まして、一般人よりも医療従事者が感染(し、それに気づかないで医療に従事)するほうが深刻度は高いと言わざるを得ない。

そんなことを考えていて、『BJ』の「99.9パーセントの水」と「コレラさわぎ」を思い出した。
「99.9パーセントの水」ではドクター・キリコがグマという得体のしれない伝染性の死病に罹り、自らを離島に隔離して死のうとする。それをキリコの妹ユリからの依頼を受けたBJが手術によって救うという話だが、最後にBJが星空を見ながらユリにこう言う。
「流れ星になって十…二十…と毎日消えていくように見えても、星の数はいっこうにへらない。病気ってやつは この星空みたいなもんだねえ。なァ 妹さん」
いやまったく、そのとおりである。一つの菌やウイルスを駆逐したと思っても、また新たな種が生まれる。まさにいたちごっこ。

先日読んだ本の中に、人間の細胞内にあるミトコンドリアはもともと人間の体内にあったものではなく、外部からやってきて人体に住み着いてしまったものだという記述が引用してあった。もちろんまだ仮説ではあるが、人体の細胞本体の遺伝子とは別にミトコンドリアは自前の遺伝子を持っているという事実からすれば、そういうこともあるかもしれないと思わせられる。いま人間は、糖を分解してエネルギーを生むミトコンドリアが細胞内になければ生きていくことすらできない。外からやってきた生き物(ミトコンドリア)に生殺与奪の権を握られている人間っていったい何なんだ……。

話がズレたが、それこそ星の数ほど種類があるであろう菌やウイルスと人間とは、どこかで折り合いをつけてうまくやっていくしかない。(人間を含めて)生物とミトコンドリアとの間にも、最初は壮絶な戦いがあったのかもしれない。それが双方に良いことがあったか何かで、なんとかいまの形態に落ち着いたのかもしれない。

エボラウイルスはどうなのだろう? 遠い将来どうなるかわからないが、いまのところは宿主の命を奪う侵入者といった観しかない。宿主となって感染を広げる恐れがあるなら、宿主の自由はある程度束縛されたものになっても致し方ないと思う。個人の自由だ人間の尊厳だというのとはレベルの違う戦いなのだから。

「コレラさわぎ」ではコレラの感染が疑われたBJが自らをとある家に隔離する。発病期間が過ぎてもう大丈夫だろうとわが家へ帰って患者の手術をするが、直後に下痢。「あのオペは失敗だ!! 私の責任なんだ」と悔やむBJ。結局はコレラではなかったのだが、感染の可能性があるならそれなりの予防策を取るのは医療従事者として当然のことだと、BJが教えてくれている(「99.9パーセントの水」のドクター・キリコもネ)。

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遅くなりましたが、御礼をば。

私は当日参加しなかったものの、参加された方から先週日曜日に行われたオサコレのお話など伺い、連絡を取り合ったりして、忙しくも楽しい一週間が過ぎました。楽しいイベントだったようで、私も嬉しいです。
我々のスペースにお越しくださった方々、本をお買い上げくださった方々、ありがとうございます。主催者さまやスタッフさまにも篤く御礼を申し上げます。
m(_ _)m

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