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2015年3月

養益舎さん、ありがとうございました。

私の住む町には牛乳屋さんがある。と言えるのも今日限り。本日をもって養益舎さんという老舗の牛乳屋さんがその長い歴史に幕を下ろされる。

Photo創業は明治11年。閑静な住宅街の真ん中にある牛乳屋さん。私が若い頃には牛がたくさんいてのんびり草を食べていた。いつの頃にか牛はいなくなり、牛がいたところは舗装されて近所の者が利用する駐車場になったが、他所からミルクを集めて石垣・木造の時代物の工場でずっと養益舎ブランドの生産を続けておられた。(写真はココからお借りしました)

同じ町内だし、駐車場を借りていたこともあったし、うちが商売を始めてからは牛乳を仕入れさせていただいたし、またここのご家族が皆さんとても優しくて穏やかな方ばかりで親しくお付き合いさせていただいていたものだから、御商売を止められることを先月耳にしたときはとてもショックだった。心のどこかで、他の何が変わっても養益舎さんだけはずっとここにあり続けるものだと思っていたのかもしれない。

先ほど、長年のお礼を言いたくてご挨拶に伺った。奥さまが私の顔を見るなり「まあ本当にすみません。ありがとうございました」と牛乳屋を閉めることの詫びを言われ、心なしか涙ぐんでもおられたので、いえいえそんなことは……と慌ててしまい、長年のハードなお仕事を労って差し上げる言葉を言うつもりだったのだが、上手く言えたかどうか自信がない(すみません……)。

だから、ここで書いても仕方がないのは判っているのだけれども、面と向かっては上手く伝えられなかった気持ちを書いておきたい。

いつ訪ねていっても忙しそうに立ち働いておられた奥さま、いつもは工場の中におられるのかあまりお姿はお見かけしませんでしたけれども、寡黙で優しそうなご主人さま、迷い込んだ猫にまで優しく接しておられた息子さん、いままで本当に本当にお疲れ様でした。
長じてからは牛乳が苦手になってしまった私ですが、幼い頃に毎朝瓶で配達してもらっていた美味しい養益舎牛乳のおかげでここまで育ちました。ありがとうございます。
これからは朝もゆっくりなさって、どうぞお身体をお労りくださいませ。
町の小さな牛乳屋さんは、わが町の誇りでした。こんな素敵な牛乳屋さんがあったことを私はいつまでも忘れません。

養益舎さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。m(_ _)m

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腹立つわぁ~!

47軒からなるN町内会があると思いねえ。歴史的に見るとN町内会はお隣の大きなA町内会に丸ごと含まれていた時期もあったのだが、やがて46軒は以前のように一つの町内会として独立し、ちょっと離れたところにあった1軒(Oさん宅)だけはしばらくしてからN町内会に戻ってきた。

ところが、Oさん宅はA町内会に属していたときにA町内会の危険物集積場所にされており、A町内会の者がその管理に居座っている状態。あるときA町内会の者がOさんの家族に乱暴を働いた。Oさんは怒り「もうこんなもの持って帰ってくれ、出て行け!」と言う。A町内会も「ならば、ほんのちょっとの場所だけでいいですから今後も使わせていただければ……」と言う。

話がまとまるかと思いきや、こともあろうにN町内会長が「そのほんのちょっとの場所を整えるための工事をすればN町内会が儲かる。その危険物をN町内会が利用するためにもちゃんと設備を整えないと」と考えた。ほんのちょっとの場所の提供で済むはずが、あろうことかN町内会長の思惑でどんどん話が大きくなっていく。A町内会側にはもとより異存のあろうはずはない。そしてOさん宅の敷地内では、以前とちょっとだけ場所を変えて、元からあったものを破壊しつつ計画が進んでいく。Oさん家族は怒り心頭。N町内会長は「盆暮れにはちゃんと町内会費から付け届けをしているではないか。言うことを聞け」と高飛車な態度を崩さず、Oさんと会おうともしない……。

沖縄の米軍基地をめぐる事情はざっとこんな経過であろうか。アメリカが対中国のために沖縄に基地を置いておきたい事情はわかる。日本もアメリカの力を借りたい。「今は」沖縄にアメリカ軍がいてくれれば心強い(海兵隊が日米安保条約に則って動くのかどうか今一つわからないが)と、日本人の多くは密かにそう思っているのかもしれない。

だからこそ! 日本は沖縄には辞を低くして頼み込まねばならないのではないのか。申し訳ない、堪えてくださいと、今はどうしようもないのですと、誠心誠意かき口説くしかないのではないか。それが人として当然の態度ではないかと思う。少なくとも私は、沖縄県民に対してそういう心情しかない。だから、何が腹立たしいと言って沖縄に高圧的な態度を取る首相の姿ほど腹立たしいものはない。

だったらアンタのお膝元のY県に基地を持って来いよ。中国にもそこそこ近いし、北朝鮮だって近くだゼ。アンタを選出した県民ならきっと納得してくれるだろうよ。沖縄を説き伏せるよりもずっと簡単なはずでしょ!と言いたい。そもそも沖縄をめぐっては現首相の大伯父S元首相(アメリカと核持ち込みの密約を交わしておきながらしゃあしゃあとノーベル平和賞をもらった人だ)との因縁も深い。あの一族は沖縄のことを人身御供だとしか思っていないのではないか。……腹が立ってしかたがない。

他の46都道府県がだんまりを決め込んでいるのにも忸怩たる思いがある。自分さえ良ければいい、他人事だ、と思うのは一番卑怯な手だ。上の人に任せておけばいいわと思考停止状態に安閑としていれば、いつかは愚かなヒツジの群れになる。自分の出来の悪い脳みそにはほとほと嫌気が差すが、それでも、何か良い手はないかと、私は考え続けようと思う。

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めんどくさいやつ

ちょっと前にモバイルルーターを買ったら「ご契約内容をご確認ください」というハガキが来た。間違いはないと思ったが、ちょっと確認したいことがあったのでハガキに書かれているフリーダイヤルに電話したときのことだ。

自動音声で「○○のご用件は数字の1を、××のご用件は数字の2を……」というあのめんどくさいやつが流れてきた。フリーダイヤルなのだからまあそれは我慢するとして、問題は該当する番号がないことだ。「送られてきたハガキの内容についてのご用件は……」というやつが無い。で、熟慮の末、適当に「これだろう」という番号を押すと、更に細かく「△△については1を……」が始まった。やはり最初に選んだ番号が違っていたのか、更に選ぶ番号が無い。「その他」を選ぶ。するとまた「▲▲については1を……」が始まり、もう自分が完全に間違った方向へ行っていることがわかったが「その他」で押し通す。

4段階くらいそれを繰り返すと「ただいま電話が大変込み合っております。後でお掛け直しになるか、そのまましばらくお待ちください」というアナウンスが流れるようになった。これまでの努力を無にしたくなくて5分ほど待ったが、繋がらないので泣く泣く一旦切る。

他の用事を済ませて2時間後くらいに再度挑戦。今度は最初の段階に選ぶ番号を変えてみたが、やはり途中で完全に道を見失い「その他」で通す。「ただいま電話が……」を5分ほど聞いていい加減頭に来てもう一度切る。さらに2時間後に3度目のトライ。今度は3分ほどで生きたオペレーターさんの声が聴けたが、この時点でもうほとほと疲れた。

「いただいたハガキに書いてあったことについてお尋ねしたいのですが」と切り出すと、「はい? ハガキですか……?」と言われて、たぶん全然見当違いの人のところに繋がったのだろうなぁと思う。が、委細構わず疑問点を尋ねると「そういうこともあるとは思いますが、詳しいことは次の電話番号へ……」と言われたので、また掛け直すのはたまらんと思い「いえ、あるならあるというお返事でいいのです。ではこれで間違いないのですね?!」と念を押すと、彼女の高邁な職業意識が目覚めたのか「お調べいたします」と言う。よしよし。「契約者さまご本人でいらっしゃいますか?」と言うので「違います」と答えると、「残念ですが、ご本人さまからのご依頼でないと調べられないことになっております」とのこと。はぁ~~……○| ̄|_

私の判断では、ハガキの表記についての問い合わせなのだから別に契約者でなくても、と思う事柄だったので食い下がってはみたのだが、彼女は頑として譲らず。「受付時間内にご本人様からお掛け直しください」の一点張り。受付時間が平日の午後6時までで、それまでに契約者本人たる夫がなかなか掛けられないから私が掛けてるんじゃないかぁ~……。

もうめんどくさくなり、それでも礼儀正しく礼を言って電話を切ったが、脱力感と疲労感がハンパない。半日かけて1㎜も進展しなかったのだから……。

後日、たまたま夫が仕事の途中で帰宅したときに電話を掛けさせ、たった一言で済む回答を得たが、このときもあのめんどくさいアナウンスを聞きながら掛け直すこと2回でやっと繋がったのだった(まぁ夫がイライラしたのなんの)。

あのめんどくさい電話、なんとかならないものかね~。それに、もうちょっとオペレーターの数を増やすことはできないものかね~。ケータイ電話の会社なんだからさ~。>_<

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お彼岸

春のお彼岸の入り。午後から雨の予報だったので、午前中に墓参り。まずは実家の菩提寺へ。例年ならこの時期にほぼ満開になっている境内の桜(エドヒガン)が、今年はまだつぼみの状態。3月になってから雪が降ったりした影響だろうか。

お墓をざっと綺麗にして花を供えていると、二つ隣に和服のご婦人と幼い男の子がやってこられた。先ほど通りを歩いておられたのを自転車で追い越したのだが、まさか同じお寺でお墓がご近所同士だったとは。向うも私が自転車のカゴに入れていた桜の花を覚えておられて「あらあらまあまあ」とご挨拶をする。お花をどこで買ったかとか、お墓に刻まれた家紋も一緒なので「遠い昔は親戚だったかもしれませんねぇ」などと世間話をした。その間ずっと男の子が慎重に柄杓で何度も水を汲んでいる様子が愛らしく「ご先祖様が喜んでおられるよ~」と言ったら、恥ずかしそうにしている様子がまたなんとも可愛らしかった。

その後に舅さんが眠るお墓に参って帰宅。途端に雨が降り出した。ご先祖様のおかげで雨に濡れずにすんだようだ。

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本日、中国電力は稼働から41年を迎える島根原発1号機の廃炉を決定した。これから先20年ばかりかけて、400億円程度を使って廃炉作業が行われるそうだが、核廃棄物をどこへ持って行くのかなどは決まっていない。まるでトイレのない家を作るような計画、40年前の関係者たちは何を考えていたのかと思う。他県が受け入れてくれるはずもなく、県内のどこかが「仮」保管場所となりそれが「最終」廃棄場所となるのは目に見えている。いやはやなんとも……┐(´ー`)┌。また1号機は廃炉でも、2号機は休止中で再開が目論まれており、更には3号機は建設中である。日本を飛び出してドイツへ行きたいと思う今日この頃だ。

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『捏造の科学者』

Photo『捏造の科学者 STAP細胞事件』(須田桃子著)読了。帯の惹句には「STAP細胞事件 誰が、何を、いつ、なぜ、どのように捏造したのか?」とある。

著者は毎日新聞科学環境部の記者。2014年1月28日に理化学研究所(以下理研)が記者会見を行う、という詳細不明な一通のファクスが送られてきたところからこの本は始まる。そして、その日に華々しく発表されて世紀の大発見と騒がれたSTAP細胞の輝かしくも短かった栄光と、その後に出てきた数々の疑義を巡る丹念な取材記録が時系列でまとめられている。

著者が笹井氏や若山氏などとやり取りしたメールや実際のインタビューなどから、それぞれの関係者の置かれている状況(特に理研との関わり合いなど)や実験結果に対しての困惑の思いなどがダイレクトに読者に伝わってくる。しかしこの本の最も残念な点は、肝心な小保方氏の生の声が取材できていないところだ。彼女なら全てのことが判ると思うのだが、彼女は一切の取材に応じていない。だから、謎の本丸はそのままで、関係者の証言だけで外堀を埋めていっているような、隔靴掻痒の感はつきまとう。

専門知識のない私でも「まだ謎は解明されていないのでは?」という思いを抱くのだから、この分野の専門家が読めばなおさら理研の生ぬるい検証方法に歯がゆい思いを抱くのではないかと想像する。しかしまあ、専門的分野は横に置いておくとして、何故こんな事態になってしまったのかという運命の転がり方自体は非常に興味深いものであった。

STAP細胞論文がどうして超一流誌“Nature”に載ってしまったのかという点について、ある専門家は「くさった丸太を皆で渡って、たまたま折れずに渡り切れてしまったということでしょう」と述べているが、これはSTAP細胞事件全体についても言えることだと思った。早く特定国立研究開発法人に指定されたい理研、ノーベル賞を受賞したiPS細胞の山中教授に後れを取りたくない笹井氏、優れた研究成果をいち早く掲載したい一流科学誌、世紀の発見に寄与したい科学者、そういう諸々の思惑がうまく組み合わさって、それが腐った丸太だと気づかないうちに渡り切れてしまった……、STAP細胞事件からはそういう印象を受ける。

本書ではその丸太が小保方氏だとは断言されておらず、また糾弾もされていないのだが、まあ明らかに「丸太」は彼女だ。ならばどうしてその丸太が腐ってしまったのか、彼女の足跡をたどると、学生時代からの不正行為を見逃してしまった早稲田大学の責任は重いと感じる。博士論文の20ページを超えるコピペなど論外だ。絶妙と思われるタイミングでいろんな研究室を渡り歩き、渡り歩いているからこそ研究者としては優れているのだろうと皆が思いこんでしまって疑いもしなかった様子が窺える。現時点でも、彼女の博士号を取り消すんだか取り消さないんだかよくわからない状況だというのは、実験ノートもろくにつけられない者に一度は博士号を与えてしまった大学としてのメンツを潰さないためとしか考えようがない。早稲田も地に堕ちたなぁ。

本書は昨年の11月に書かれたものなので、最終的に小保方氏がSTAP細胞を再現できなかったことや理研の報告には触れられていない。もしも続編が書かれるのなら、その辺の詳細と、何よりも小保方氏の見解を知りたいと思う。

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あんまり四捨五入したくない……

一日のうち、朝晩歯を磨くときくらいにしか鏡を見ない私だが(鏡台を持っていない。化粧はしない。口紅だけはつけるが鏡なんか見なくてもひける)、そうやって一日二回鏡を見ているうちに、最近どうも頬のたるみが気になってきた。近所にメ○ードの販売員をしているおばさんがいるので、立ち話のついでに「どうしたもんでしょうね~」と話してみた。

マッサージなんかしたことない、化粧水も10年前のが半分しか減ってない、洗顔は牛乳石鹸と言ったら盛大に驚かれて、早速マッサージのときにつけるクリームとパックとそれらを拭き取るためのなんちゃらを持って来られたのが半月ほど前のこと。1万5千円ほどの出費には涙が出たが、顔にいろいろ塗りたくる作業はなかなかに面白く、以来せっせと風呂上りに励んでいたら、頬のたるみにはさしたる変化はないがほうれい線は薄くなってきたように見える。ケアすればあと10年くらいはイケるかなと思う(何が?)。

少しずつ馬齢を重ねることの悲哀を感じることが多くなってきた昨今、きょうは55回目の誕生日を迎えました。お天気が良かったのでブラブラと散歩などして、ラナンキュラスやスイートピーなどのお花と桜餅を買ってきて密かに祝いました^^

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