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『ヤング ブラック・ジャック』アニメ化

旅行から帰った日、A子さんからの知らせで『ヤング ブラック・ジャック』(以下『YBJ』)アニメ化の話を知った。思えば、実写版『YBJ』放映の話も当時英国におられたA子さんから知らせていただいたのだった。感謝感謝♪

現在「ヤングチャンピオン」に掲載中の『YBJ』(田畑由秋脚本 大熊ゆうご画)のアニメ化らしいのだが、いま手元にある10号ではまだアニメ化のことには触れられておらず、次号の予告のところに「重大発表アリ!!!!」と書かれているだけ。明日発売の11号で正式発表ということになるのだろう。連載が始まってから毎号欠かさず買って(いや、1回だけ買い忘れたが^^;)読んではいるのだけれども、アニメ化されるほど人気があったとは知らなかった(失礼)。

このマンガ、手塚の原作ではあまり描かれなかった間黒男の学生時代の話であるが、原作の空白部分を公式に補完する存在としては私は認めたくない。こういうことも考えられるよ、という、二次創作作品の一つとして読めば、それなりに面白くはある。シリアスな長編とコミカルな短編が交互に描かれているような印象で、長編のほうはかなり内容が重く残虐なシーンも多い。短編は気楽に読めて、私が一番好きな話は黒男クンがテレビのクイズ番組に出る話だったりする(笑)。

BJの容姿にしても、顔面の縫合痕や半分白髪といった特徴はそのままだが、顔の造作や体を原作に似せようとは最初からしていないように見える。黒男クンはガタイの良い今風のイケメンである。おまけに、どことなく腐女子狙いのような描写もあって、「ヤングチャンピオン」という年若い兄ちゃんの読む雑誌に連載されている意味がワカランという、立ち位置のはっきりしない作品でもある(笑)。

アニメ化されればたぶん観る(笑)。観ることは観るだろうが、諸手を挙げて賛成はしない。手塚の原作を読んだ人が「へぇ、こんなのがあるんだ」と観るのなら良い。でも、BJって、間黒男って、こんな男なんだ~、と、原作を読んだことのない人たちに思われるのは、なんか嫌だ。手塚治虫が描きたかったことは、あのプロの医師としての大人のBJでしか描けなかったことだと思う。当時「少年チャンピオン」という少年の読むマンガ雑誌にわざわざ大人の主人公を持ってきたということからも、それは窺える。その大人の主人公の若かった時代を描くということは、その主人公の成長ストーリーにしかなり得ず、手塚が描きたいと思ったこととは別物であるはずだ。現に『YBJ』を読んで深く考えさせられたという経験は、ない。だから、手塚BJとは全くの別物、原作とは連続していないひとつの可能性、として楽しめればいいなと思う。

どなたが声をアテるのか、気になるところ。ネット上の書き込みでは「大塚さんじゃなきゃBJじゃない」との意見もあるが、あの黒男クンの外見に大塚さんの声では太すぎる気がする。原作BJとは別物という見方を尊重してもらえるなら、他の人のほうが良いな~と私は思う。さて、明日は最新号を忘れずに買いに行くことにしよう(笑)。
『YBJ』の試し読みはコチラ。「ホアの日記」はドクター・キリコの話です。

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「ブラック・ジャック」カテゴリの記事

コメント

うーん、複雑な感情ですよねー。(^^;)

近年、制作途中で作者が亡くなられ、未完に終わった作品を別の作家が受け継いで書き続ける、というケースがよく見かけられるような気がします。私に身近なところで言えば、栗本薫のグインサーガですね。(^^ゞ

外伝は以前から複数の作家が書いていましたが、今現在、複数作家による正伝の続編が刊行されています。作者本人が望んでいたこととは言え、ファンにとっては微妙なところですねー。個人的には別の物語として扱って欲しかったなぁ。

・・・とは言っても私は、50巻あたりで投げ出してしまったエセグインファンですが。(^^;)

BJについては、もっと複雑ですね。未完でもない作品の、若き日のミッシングリンクを埋めるという内容は、確かに一連の物語の延長線上にあると見るには無理があります。作品内に散見される過去とのつながりを緻密に分析し、過不足や矛盾の無いように物語を紡ぎ上げるような作り方であったとしても、原作ファンにとっては別の作品でしかありませんよね。

ましてやマンガで、絵柄が全然違うとなれば・・・。(>_<)

別の作品として楽しみたい、という原作ファンの存在をどれだけ意識してくれるのか。作品に携わる人々の良識を期待したいですね。(._.)
 

投稿: モトキ | 2015年5月17日 (日) 01時03分

モトキさん
コメントありがとうございます^^

そう、一言で表わすならばまさに「複雑な感情」です。見たいような見たくないような……。

そうですか、グインサーガはいまでも他の作家さんの手によって書き継がれているのですね。私はとうとう手を出しませんでしたけど……^^ 
作者本人が望んでいたというのも知りませんでした。他人が続きを書けばどういう話になるのかわからないのに、それでもご本人がそう希望したということは、どんな方向へ行ったとしても終わってしまうよりベターだと考えられたのでしょうかね。

しかし読者にしてみれば、それはやはり元の作者が紡ぐ物語とは違うと認識するわけで、たいていの場合はそれで興味も失せてしまうように思います。パロディやパスティーシュは他の人でも描けるかもしれませんが、そこにある思想や哲学は元の作者とは当然違うはずですもんね。

アニメ版『YBJ』は、私にとってはたぶん原作へのオマージュ作品としての位置づけになると思います。それなりに丁寧に作ってくれれば、それ以上何も期待はしないつもりです^^

投稿: わかば | 2015年5月18日 (月) 22時39分

関東ローカルのテレビ東京で、手塚治虫氏の特集を見ました。新聞のTV欄には渥美清のことしか書いてなくて、まさか手塚先生の話になるとは思っていなかったのですが・・・。(^^;)

「ありえへん∞世界」という番組の、ありえへん遺言、という特集でした。わかばさんならご存じかと思いますが、手塚先生の最期の言葉が、「となりの部屋で原稿を書かないと」だったと聞いて、いかにもらしい言葉だなぁ、と思うと同時に、なんだかもの悲しい気分にさせられました。

自分がガンだと知らされていなかったそうですね。だから病院のベッドなのに、自分の家で、部屋で寝ていると思っていたのでしょう。まだまだやり残した仕事があったのかもしれません。

あなたは人の何倍も頑張ったのだから、もうゆっくり休んでください、と言いたい気持ちと、満足するまでもっともっとマンガを書き続けさせてあげたかった、との思いが交錯します。

タッチでしたか。あだち充氏が手塚先生の訃報を受けた後の号で、扉に先生の似顔絵を描いていた記憶があります。空に浮かんだ雲が横顔になっていました。それを見上げた作者が涙ぐんでいる、というモノです。きっと多くのマンガ家達が、同じような思いを抱いたのでしょうね。(>_<)

・・・ああ、もっとブラックジャックが読みたかったなぁ。(._.)

・・・だいぶわかばさん達に毒されています。(-_-;)
 

投稿: モトキ | 2015年5月20日 (水) 00時23分

モトキさん
コメントありがとうございます^^
こちらでは数週間(?)遅れてその番組をやっているようなので、今後テレビ欄に気を付けていようと思います。

手塚先生の長女のるみこさんがツイッターで「手塚ファンにとって目新しい内容ではありませんが……」とおっしゃっていたのは、手塚先生のその最期の言葉のことだったのですね。世の偉人は皆すごいことを言い残してこの世を去っていっていますが、手塚先生の場合はもうそれしかないというくらいにピッタリの言葉だと思います。
あれだけたくさんの作品を描きながら、まだまだアイデアはバーゲンセールできるくらいにあって、ただ時間が足りないだけなんだとおっしゃっていたらしいですから、仕事がしたい!というのは、先生のまさに本心だったろうと思います。

先生が亡くなられてから奥さまが「どうしてブラック・ジャックが来てくれないのだろうと思った」と書いておられましたが、ご家族にしてみればそう思われるのも当然だったでしょうね。

あだち充氏がそんなことをなさっていましたか。『ジャングル大帝』のラストシーンを彷彿とさせる描写ですね。レオがムーン山で壮絶な最期を遂げたあと、レオの息子ルネとヒゲオヤジがジャングルへ向かって歩いていくシーン。大空には獅子吼するレオの形の雲が浮かんでいました。←ここはもう涙なしには読めません。T-T
手塚先生に対する最大級のオマージュですね。

『ルードウィヒ・B』などの未完作や『火の鳥』の結末も読んでみたかったです。そしてもちろん『BJ』も……。いまは命を大事にしようという単純なことをしっかり読ませてくれる作品がはたしてあるのでしょうか? ポスト手塚時代の子供たちはそういう点で非常に気の毒だと思ったりします。

>毒されています。(-_-;)
そんなに感謝されても何も出ませんわよ。(* ̄Oノ ̄*)おほほ

投稿: わかば | 2015年5月22日 (金) 23時24分

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