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2015年8月

70年目の終戦記念日、そして靖国

今年5月に靖国神社に参拝したときのことを書いてみる。

何故靖国に参拝したのか、そもそもの動機は不純と言えば不純だ。数年前から私は『出雲国風土記』に載っている神社399社全部に参拝しようと思ってそれを少しずつ実行しているのだが、それらの神社に参拝したときと靖国神社に参拝したときの自分の感覚の違いがあるのかないのか、違いがあるとすればどういう違いなのか、それを確かめようと思ったのだ。

明治以降日本が経験した戦争で亡くなった方々に対する畏敬の念がないわけでは決してない。しかし靖国という神社が持つ特殊性によって、私が何らかの(出雲399社に参拝するときとは別種の)雰囲気を感じ取ることがあるのかないのか、それを体験してみたかったという理由が第一だったのである。

余談だが、私は各地にある護国神社や戦没者慰霊碑などを拝むたびに、背筋が寒くなるような息苦しいような感覚を味わう。それは霊を感じたりしているわけではなくて、流された血の生臭さを無理やり白砂で清めて「ここでは絶対に畏敬の念を感ぜよ」と、祀られている人々ではなく明治以来の政治的権力者に命令されているような、そんな冷やかさを感じるからである。

そういう場で「よくぞ日本のために戦ってくださいました。ありがとうございます」とは思わずに「もっと生きていたかったでしょう。さぞご無念だったでしょう。どうか安らかにお眠りください」と思う私は、「顕彰派」ではなくて「慰霊派」なのであろう。

さて、そういう私が靖国に参拝したときに何を感じたかというと、「これは神社ではない」という一言に尽きる。神社というのはもっと古さびて神威を感じるところであるはずなのに、靖国はあまりに生々しすぎた。神ではなくて明らかに自分と同じ人間を感じるところなのであった。結果、私は「人間は神にはならない」という思いに至った。少なくとも、終戦からたかだか70年のいま、戦没者の妻や子供がまだ存命のいま、いわゆる英霊を神とするには早すぎる。あと何百年か経ってからなら考えられないこともないが、そのころにはまた新たな戦争で靖国に祀られる英霊がいるに違いないから、やはりその時点でも人は神になっていないはずだと考える。

出雲の神社に祀られている神々も元々は実在の人間だっただろうとは思う。少なくとも誰かモデルはいたと思う。しかし、彼らが神として祀られるまでには、彼らが既に伝説上の存在となるまでの長い年月が経っていたと思われる。例えば出雲の神々について『出雲国風土記』で言及されている事柄といえば、やれ誰々の神がこの場所で葉っぱを頭に挿して踊っただの、やれ誰々の神がこの石は滑らかだなぁと言っただの、やれ誰々の神がこの場所はいい景色だなぁと言っただの、そんなどうでもいいようなことばかりなのである。そんな些細なことでさえもが有難く語り継がれるような、でもその当時の人でさえ実際には誰も見覚えていないような大昔に生きた人々が神になっているのだ。決して出自や生年月日が明らかでましてやその身内がまだ生きているというような人々が神になったわけではない。そして祀られる理由も決して鎮魂という意味ではなく、信仰の対象としてである。

私にとって靖国は神がいる場所ではなかった。悲惨な状況の戦地で死んでいかざるを得なかった人々が弔われている場所だった。弔うならそれぞれの遺骨の収められている菩提寺でよい。戦没者の功績をまとめて顕彰するなら彼らを神と名づけるべきではなく、相応の別の施設を作るべきだ。そう思った。

死んでも神となって愛する人々を守るのだと信じて散っていった英霊の気持ちがわからないわけでは決してない。そういう意味で、死んでいく者にとって靖国の存在は意味があっただろうと思う。ただ、戦死者の家族に「靖国の英霊となられました」と告げて、一個人としての死者を悼むどころか有難く立派なことだと思いこませようとしたやり方はなんとも気にくわない。

明治以降、アマテラスを祖とする天皇家のありがたい系譜を前面に押し出して、皇国日本として大国への道を邁進してきた歴史的思想に、大戦当時の日本もどっぷりと浸かっていたのだと思う。敗戦の気配が濃厚になるにつれ、徐々に人々の思考も神がかってきて……。日本は神国である、兵隊さんは戦死したら神様になる、そう思うことはただ一つの救いだったのかもしれないと思う。

靖国は祈りの場であるとは思う。しかしそれは信仰とは性格が違うものだ。「神社」という名称ゆえに日本神道の一つの神社として捉えてしまうと大間違いになる。それが私の感じた「靖国神社」である。

祖母の弟に海軍中佐がいた。1945年4月27日夜フィリピン・レガスピにおいて、指揮官として隊員に米軍への総斬り込みを命じたあと自決したと聞く。当然神として靖国に祀られているはずだが、そんな仰々しいものでなく戦争で亡くなった親戚のおじさんとして、一個人として、冥福を祈った70年目の終戦記念日だった。

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宍道湖の夕陽

墓参の後、久々に3社ほど神社巡りをした帰り、宍道湖の夕陽が綺麗に見えそうだったので湖岸で30分ほど落日を待った。もう少し南へ行けば嫁が島を前景にできるが、そこは人が多そうだったので、県立美術館の脇で待つことにする。すぐ近くでは、どこかの結婚式場のCMだろうか、花嫁さんと花婿さんをモデルに撮影会が行われていた。

30分のうちにそちらにも続々と人がやってきて、思い思いの場所に座を占める。お盆の帰省客だろうか、観光客だろうか、関西弁の会話がそこここに聞こえてくる。
湖上遊覧船の「はくちょう号」がサンセットクルーズに出ていくのが見える。屋上までぎっしりの人が乗っている。先日までの猛暑が納まってきょうはそこそこの暑さ。湖上を吹く風が気持ちよさそうだ。

さて、徐々に太陽が高度を下げていく。眩しかった白色の光が次第に赤みを帯びてきて、湖上の波も赤く染まっていく。そのころには、人々はおしゃべりもやめてただただ景色を眺めている。聞こえるのはチャプンチャプンという波の音だけ。そしてあちらこちらからカメラのシャッター音が聞こえ始め、それは太陽が完全に山に没するまで続いた。いったいその数分で何千枚の写真が撮られたことだろう(笑)。

150814_3私もつられて数枚撮ったが、これはその中の一枚。腕が悪いのは承知(汗)。後で思い出すよすがとなればそれでよい。本当の宍道湖の夕陽の美しさはとてもこんなものではないのである。その美しさはちゃんと私の脳みそに刻み込んで、夕暮れの街を歩いて帰宅した。

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『ヤング ブラック・ジャック』の放送について

神無月さんに教えていただいたので、こちらでも情報をアップしておきます。

TBSにて 10月1日(木)深夜2時16分から放送開始予定
http://www.tbs.co.jp/anime/ybj/
https://twitter.com/ybj_info

【CAST】
間 黒男:梅原裕一郎
岡本舞子:伊藤 静
藪:遊佐浩二
ナレーション:大塚明夫

  
【OP】
UMI☆KUUN「I am Just Feeling Alive」

【STAFF】
監督:加瀬充子
シリーズ構成・スーパーバイザー:高橋良輔
キャラクターデザイン・総作画監督:片山みゆき・三浦菜奈
アニメーション制作:手塚プロダクション

こちらでPVが観られます。↓
http://www.tbs.co.jp/anime/ybj/special/pv01.html
ちなみにうちのPCはただいま音が出なくなっているので、声も音楽も聴けてませ~ん。  >_<
大塚さんのナレーション、片山みゆきさんの絵というのは嬉しいですね♪

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『ブラタモリ』

松江水郷祭の花火の音を聞きながら『ブラタモリ』を観た。今回は松江編。松江城が国宝になったばかり(撮影時はまだ国宝ではなかったようだが)ということで、まずは松江城が紹介され、それから城下町・松江がどのようにできたかが語られた。

松江城のある亀田山と北高のある赤山の間を削って堀川にし、その土砂を当時湿地だった城下に盛り土して城下町にしたのだね。人の住める地面を作り出すとともに、排水のための川が作られたわけだ。400年前にこれを人力で数年でやりおおせたのだから大したものだと思う。いま私の住んでいる家の下の土もまさにそれである(笑)。

松江という町は、だから川が多い。縦横無尽に堀川が張り巡らされているので、堀川遊覧船という名物もあるかわりに、いったん大雨で宍道湖が溢れると堀川沿いから町が浸水する。水害から町を守るためのポンプ場も紹介されていて興味深かった。ポンプ場があんなところにあったとは知らなかったが(笑)。

船がお好きなタモリさんは、暗渠をくぐる際に天井が下がる堀川遊覧船や江戸時代の個人持ちのマリーナに興味深々のご様子。最後のあたりに紹介されていたのが、わが町内にある船入の跡。松江藩家老の柳多四郎兵衛の中屋敷跡に残っているものだ。私は実際に船入跡まで入ったことはないが、すぐ手前の堀川までは子供の頃しょっちゅう父とフナを釣りに行っていたし、いまでもここの前はよく通る。余談だが、ここには数年前まで「舟つきの松」という大きな松の木が枝を広げていた。仙台の伊達家から松江の殿さまに嫁した姫が持ってきた松の盆栽を植えたもので、樹齢はおよそ300年。マツクイムシにやられてとうとう伐採されてしまったのがなんとも惜しまれる美しい松の木だった。

Photo在りし日の舟つきの松。船入跡は松のもうちょい左奥のほう。

そんなこんなで楽しんだ今回の『ブラタモリ』。映っていた白潟や北堀の街並みなど、だいたいどこの場所かわかるのもまた嬉しかった♪

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