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2015年9月

月光浴

今夜は中秋の名月。殊にスーパームーンなので、それはそれは見事なお月様が見える。虫の音の他には聞こえる音とてなく、暗くした部屋の窓から心静かに月光を浴びた今宵である。

先日、ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』を読んだ。帯に踊る「創元SF文庫読者投票第1位」の文句につられて買ったのだが、確かにこれは名作! わけのわからぬ物理学系、工学系の用語をすっ飛ばして読んでも、構成がしっかりしているので全体として意味はわかるし支障はない。この壮大な物語の発端が、月。「月面で発見されたのは5万年前の人間の死体だった!」というものである。

この不可解な謎に、科学者たちは全地球規模で取り組んでいく。ひとつの仮説が生まれると同時に更に謎が深まっていく面白さに、巻を置く能わずで一気読み。最後の一文で「そうきたか!」と納得し、自分という人間がここにある奇跡にまで思い至ってジーンと込み上げてくるものがあるという、感動作であった。

現在、地球と月は同時にできたという説もあるやに聞く。それが真実なら『星を継ぐもの』で綴られた物語は嘘っぱちになるが、いずれにせよ地球上の生き物、いや、宇宙中の物体すべてが宇宙の落とし子であることに変わりはない。どこで生まれようが、どこへ移動しようが、星そのものも生き物もみんな兄弟なのだと思う。そして、そんなふうに思うことこそが宇宙のロマンというものなのだろう。

普段より大きく見える月を眺めながら思う。よくそこで止まっていてくれるなぁ、と。もうちょっと地球に近かったら地球と月は激突して双方跡形もなくなるに違いない。もうちょっと地球から離れていたら月は地球の引力から逃れてどこかへ飛び去っていくだろう。なんで月はあそこにあるのかと、その当たり前の光景の不思議さにあらためて感動したりする。そして、もしかしたら、あの裏側にはチャーリーが眠っているのかもしれない。

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戦後が戦前になった日に寄せて

卑弥呼は日食という天変が起こったことで失脚もしくは殺されたのではないかという説がある。古来、天変地異はときの天子(為政者)の徳が失われたときに起こるとされた。

国家将有失道之敗、而天乃先出災害以譴告之 (『漢書』)

昨今うち続く洪水や地震や火山の噴火を思うとき、為政者に徳はあるかとふと疑ってしまう……。

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長旅をしてきました

夫が15年乗った愛車にサヨナラして、8月26日に新車が来た。馴らしを兼ねて翌日から二人で旅行に出かけた。夫は東京の友達に会いに行きたいと言うし、私は高野山へ行きたい。で、その2ヶ所は必ず行くとして、あとは日程も行先も決めない行き当たりばったりの旅行に出ることになった。結局、27日に出発して8日に帰宅したから、13日間の長丁場となった。私の生涯で最長の旅行ではなかろうか(笑)。

備忘録として、行った場所と宿泊地を書いておく。全般的に雨や曇りの日が多かったのが残念。そして今回の旅でもやはり富士山は見えなかったのだった(泣)。

8月27日 松江発 安土城跡 長浜市泊
  28日 長浜城 フィギュアミュージアム 富士市泊 富士山見えず(泣)
  29日 東京にて夫の友人夫妻と会う 東京泊
  30日 浅草寺 スカイツリー等 東京泊
  31日 神保町 お茶の水 早稲田大学近辺 東京泊
9月1日 早稲田大学 港の見える丘公園 山下公園 横浜市泊
  2日 鎌倉鶴岡八幡宮 鎌倉大仏 江の島 沼津市泊
  3日 犬山城 名古屋市泊
  4日 美術館ひとつ 橿原神宮 和歌山市泊
  5日 高野山 橋本市泊
  6日 九度山 神戸の美術館ひとつ 神戸市泊
  7日 神戸異人館 尾道市泊
  8日 千光寺と美術館ひとつ 三次市の美術館ひとつ 帰松

印象に残っているのはやはり高野山。開山1200年の記念の年に訪れることができたのは幸せなことだったと思う。大きなリュックを背負ってひとり山道を歩く白人男性なども見かけた。洋の東西を問わず神聖な場所に身を置くことの尊さを感じられる人たちばかりなら、この世から戦争なんかなくなるだろうと思った。
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