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2015年10月

祝!松江城トレンド入り\(^o^)/

NHK『歴史秘話ヒストリア』で取り上げられたおかげで「松江城」がトレンド入り(笑)。今年国宝に指定されたこととあわせて、まずは目出度い♪


城内の階段が桐の木である理由とか、松江城下で盆踊りをやらないわけとか、天守閣に女の幽霊が出たのを「コノシロ」でごまかしたとかいう話は、みんな幼いころに父から聞いて知っていたが、こうやってちゃんとした番組できちんと取り上げられると、それはそれで地元民としては嬉しいものだ♪

ところで、11月14日には松江城を舞台にして城攻めが行われる。ものすごくやってみたいのだけれども、運動音痴の私にはたぶん大手門さえ破れないだろうと思う。でも、当日は必ず見物に行くつもりだ。「我こそは!」と思はむモノノフは是非参加なされてみてはいかがかな?

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『菜根譚』

NHK Eテレの『100分 de 名著』を時々観ているが、今月は『菜根譚』をやっている。

中学生の頃、漱石の何か(忘れた)を読んでいたら『菜根譚』の名が出てきた。ちょうど傍にいた父にこれは何かと訊ねたら、昔の中国の処世訓だと教えてくれた。因みに父は「『源氏物語』というのは『平家物語』と対のものか」と言ったくらいの人物で、古典についての造詣は皆無といってよい。その彼が知っていたくらいなのだから、『菜根譚』というのは父(大正の生まれだ)の世代の人たちにはよっぽどポピュラーな読み物だったと知れる。番組でも、田中角栄や川上哲治や吉川英治が座右の書としていたことが紹介された。

『菜根譚』は中国ではあまり重んじられず、かえって日本で江戸末期の儒学者に見出されて以来、儒者や禅僧などに愛読されたという歴史があるようだ。著者は中国明代の人で、洪自誠。詳しい経歴などは未詳という。が、処世訓の中に、君子のあり方や部下の扱い方、また自然から学ぶことの尊さなども書かれていることを思えば、元々は官僚で後にどこかの山の中に隠棲した人物のように私には思われた。

内容については、Wikipediaによれば「通俗的な処世訓を、三教一致の立場から説く思想書」とある。三教とは儒教・仏教・道教を言う。実際どの条がどうだとはとても私には言えないが、仏教の無常や中道の教えを彷彿とさせるものも多いし、老子の自然体を尊ぶ気配も濃厚である。

一つの条がわずか数行で終わるので、たしかに読みやすい。前集222条、後集135条もあるから、現在自分が置かれている状況にどれか一つくらいは必ず当てはまる。ふむふむ、こういう場合はこう考えればいいのねと、折にふれてヒントをもらえることは多いだろうと思う。しかし反面、ハンディで読みやすい分物足りなさも覚える。もうちょっと深く教えてもらいたいと思わないでもない(笑)。

今回読み返してみて、前集145条に引っかかった。原文を写すのは面倒なので、岩波文庫版の訳文を写してみる。

「夜半、一燈の光もかすかに、よろずの物音も絶えたころ、我も初めて安らかな眠りに入るときである。暁の夢からさめて、よろずの活動がまだ起こらないとき、我も初めて混沌の境から抜け出すころである。この時に乗じて、心機一転、知恵の光をめぐらして、明らかに本心を照らし省みれば、初めて、耳目や口鼻は皆本心を束縛する手かせ足かせであり、情欲や物欲はすべて本心を操るからくりであることがわかる。」

「混沌」「耳目や口鼻」という単語から、私は『荘子』の「混沌」のエピソードを思い出したのだ。以下、「混沌」のエピソードの訳文を岩波文庫版から引用する。

「南海の帝を儵(しゅく)といい、北海の帝を忽(こつ)といい、中央の帝を混沌(こんとん)といった。儵と忽とはときどき混沌の土地で出あったが、混沌はとても手厚く彼らをもてなした。儵と忽とはその混沌の恩に報いようと相談し、「人間にはだれにも〔目と耳と鼻と口との〕七つの穴があって、それで見たり聞いたり食べたり息をしたりしているが、この混沌だけにはそれがない。ためしにその穴をあけてあげよう」ということになった。そこで一日に一つずつ穴をあけていったが、七日たつと混沌は死んでしまった。」

人間の感覚(と賢しらな知恵と作為)を否定するという点で同じことを言っているのかとも思うのだが、『菜根譚』のほうの「心機一転、“知恵”の光をめぐらして」の一文に引っかかるのだ。そういう人間の“知恵”というものが、『荘子』では全宇宙たる“混沌”を破滅させてしまったのではないのか。しかし人間は知恵を用いなければ何もわからないのだから……と考え始めると堂々巡りになってしまうのである。洪自誠さんに文中の“本心”というものをもうちょっと詳しく説明して欲しかったなと思うのである。

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ガラケーの中の写真

いま使っているガラケーがそろそろダメになるかもしれない。充電にやたら時間がかかるし、ボタンを押したときの反応が遅いし、どうやっても写真のピントが合わない。私の腕が悪いせいだけではなかったようだ。5~6年ほどしか使っていないと思うが(充分かな……笑)、初っ端に落としたときに電池のフタがバカになってセロテープを貼って以来、もはや満身創痍だ。替え時かなぁと思う。いや、あと5年くらいもたせることはできると思うのだが。

いま気になっているのが「ガラホ」というやつ。剛愎な気性ゆえ時流に乗ってホイホイとスマホにするのはプライドが許さぬ。かと言っていつまでもガラケーのままでいるのも実際なんだか不便ではある。で、その「ガラホ」というビミョーなネーミングと、タッチパネルがないという中途半端さに、なにやら己の立ち位置を見るような妙な親近感を覚える(笑)。さて、どうしようかな~?

まあいずれ近いうちに訪れるであろう現在のガラケーとのサヨナラの日に向けて、溜めこんだ写真の整理を始めた。その時は「いい!」と思って写したのだろうが、いま見れば「なんだろな~これ?」な写真がわんさか! 消去消去消去~! 一昔前なら、写真というものは「その時」を共有した人に焼き増しして配ったりしてワイワイ楽しんだものだが、いまは各自のケータイやスマホに残ったものを自分一人で見る。いや、シェアするとかいう方法もあるのだろうけれども、結局それぞれが自分の画面を見ることになるのだろう。便利なのだろうが、はなはだ味気なくツマラナイと思う。時代遅れだと言われようが、この感性だけは決して捨てないゾ(笑)!

ずいぶん前に撮ったらしい2枚をサルベージ。きっと「構図が同じじゃん!」というのをブログネタにしようとしたのだと思う(笑)。「あしたのジョー」のEDとOVA版「ブラック・ジャック」のEDより。
Bj Bj_2

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『掟上今日子(おきてがみきょうこ)の備忘録』

新番組の『掟上今日子(おきてがみきょうこ)の備忘録』を観た。一度寝るとその日の記憶を全部失くしてしまう掟上今日子という探偵が、その日のうちに謎を解いていくというストーリーのようだ。

短期間で記憶をなくす人物といって思い出すのは、小川洋子著『博士の愛した数式』に出てくる数学者だ。彼の場合は80分で記憶をなくしてしまうので、身体じゅうにメモを貼り付けている。その悲哀はいったいどんなものなのか想像すら及ばないが、小説としては温かく切なくピュアな佳作であった。

それとは趣を異にして、ドラマの掟上今日子さんは溌剌として前向きな女性だった。自分には「一日しかない」から、その一日を懸命に楽しく生きていこうとしている。

グループホームに入所している母を思う。彼女の記憶の中には既に私も兄も父も存在していない。短期記憶で言えば数分前のことすら覚えてはいない。掟上今日子さんふうに言えば、母には「数分しかない」。だから、その数分を思い切り楽しく過ごしてもらえばいいのだなと、掟上今日子さんのセリフを聞いてそう思った。

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『村上さんのところ』

『村上さんのところ』(村上春樹著)読了……と書いて、きょうほど間の悪い日もそうそうなかろうと気付いたが、まあいいや(笑)。今夜もハルキスト達は着飾って集まって受賞の知らせを待っていたのかもしれないけれど、私は「村上はひとり静かに読むべかりけり」が信条の、一村上主義者だ。

とは言え、この本は、村上春樹が読者からの様々な質問に答えるサイトの内容を厳選抜粋して書籍化されたものなので、しみじみとひとり静かに読むというよりは、質問と村上春樹の回答を楽しみながら読むのがふさわしい一冊である。

実にいろいろな問答が、実に473も載っている。もうどこに載っていたのか探し出すのも面倒なのでうろ覚えのままに書くが、「夫は寝ている間に着ているものをどんどん脱いでいくのですが、どうしたらいいですか」とか、「91歳の母が、安倍首相がテレビに映ると新聞紙で叩きます」とか、「ラブホ街の猫が正常位でセックスしてました!」などという他愛のないものから、オウム事件や東日本大震災や原発事故の問題に至るまで、それはもう様々である。村上春樹の趣味である音楽や映画、猫やスワローズ、文学論、物語論についての質問も数多い。

それらについての村上春樹の回答は至極真っ当なものである。ときに緩く、ときに厳しく、質問者の状態に合わせて回答している真摯な姿が思い浮かぶ。釈迦の対機説法のような印象だ。これからの進路に悩む若者や、現在の仕事に迷いのある大人たちにとって、決して押しつけがましくなることなく目指すべき道を示してくれる村上春樹の回答は、まさに宝物になるだろう。

個人的に気に入った問答を二つばかり挙げる(原文のままではなく、私が必要な部分だけを要約したものであることをお断りしておく)。

Q「原発についてどう自分の中で消化してよいか未だにわかりません。車社会のほうが、身に迫る危険性でいえばよっぽどあります(年間コンスタントに事故で5000人近くが亡くなっているわけですし)」(38歳男性)

A「原発(核発電所)を認めるか認めないかというのは、国家の基幹と人間性の尊厳に関わる包括的な問題なのです。基本的に単発性の交通事故とは少し話が違います。そして福島の悲劇は、核発の再稼働を止めなければ、またどこかで起こりかねない構造的な状況なのです。
『年間の交通事故死者5000人に比べれば、福島の事故なんてたいしたことないじゃないか』というのは政府や電力会社の息のかかった『御用学者』あるいは『御用文化人』の愛用する常套句です。比べるべきではないものを比べる数字のトリックであり、論理のすり替えです」

Q「人を殺してはいけない、これは確かなことだと思います。ですが『なぜ、殺してはいけないのか』の明確な理由がまだ私には見つかりません」(38歳女性)

A「河合隼雄先生は、心と肉体とのあいだに『魂』というものがあって、人として間違ったことをすると、理屈は抜きで、その魂が損なわれていくのだ、あるいは腐っていくのだと言っておられました。人殺しがいけないというのも、要するにそういうことなのではないでしょうか」

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スーパードルフィー

VOLKSから出たブラック・ジャックのスーパードルフィーに目が釘付け! というか、価格に目が釘付け!!

……無理。┐(´ー`)┌

全高約65センチとのことなので、さぞ迫力があるだろうとは思うが、ご鎮座いただく場所もない。

しかし綺麗な造形だこと! 眼の美しさと、柔らかそうな皮膚と、後ろの跳ね髪はないがヘアスタイルがウィッグだというのは魅力的だ。好きなようにヘアスタイルを整えることもできるのだろう。私が持っているZC WORLD版が「フィギュア」なら、VOLKS版はまさに「お人形」である。女性的で幼い印象から、原作やOVAというよりも『ヤング ブラック・ジャック』に近い造形。やんぶらのファンの方なら買われるのかもしれない。

だが、この「お人形」先生から、ねじり鉢巻きのランニング姿で角材担いでいるシーンや、寝起きの寝ぼけ面でお尻をぼりぼり掻いているシーンを想像するのは不可能だ(笑)。ZC WORLD版ならぎりぎりセーフというところ。つまり私の考えるBJ先生というのは、そういう庶民的なシーンも似合う男でなくちゃいけないということなのだね(爆)。

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未見だけど……『ヤング ブラック・ジャック』

10月1日未明よりTBSで『ヤング ブラック・ジャック』の放映が始まったようだが、こちらでは観られず!(泣) 数日前に録画予約しようとしたら、テレビ欄に無い。慌ててこちらのTBS系列局に問い合わせたら「放送予定はありません」ときっぱり言われたサ。TBS系列ではなくて、TBSだけだったのだね……○| ̄|_

ありがたいことに、日ごろお世話になっているM氏が録画して送ってくださることになり、一件落着。感謝感謝である。m(__)m

「ヤング チャンピオン」の最新号には、アフレコの様子がマンガで紹介してあって楽しかった。それぞれの声優さんが体格や着ているものはそのままに、顔だけが役柄の顔で描かれている。そしてナレーションの大塚さんは黒男くんではなくてBJの顔をしている(笑)。なかなか凝った演出だった♪

『ヤング ブラック・ジャック』いつまで、どこまで放映されるのかわからないが、個人的に楽しみにしているのは軍医さんのお話。後にドクター・キリコとなる軍医が、どのような出来事があって安楽死に手を染めるようになるのかを描いたストーリーである。ちょっと直視するのが辛いシーンもあると思うが、せっかくの深夜枠なのだからしっかりと描いてほしいと思う。

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