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2016年2月

『ブラック・ジャックは遠かった』

『ブラック・ジャックは遠かった 阪大医学生ふらふら青春記』(久坂部羊著)読了。

---手塚治虫の母校、『白い巨塔』の舞台でも知られる大阪大学医学部。アホな医学生にとってそこは「青い巨塔」だった。個性的すぎる級友たち、さまざまな初体験、しょうもない悩み。やがて解剖実習を体験し、研修医として手術に立ち会うことに。若き日に命の尊厳と医療について悩み、考えたことが作家・久坂部羊の原点となった。笑いと深みが絶妙にブレンドされた青春エッセイ!---(文庫カバー裏表紙より)

著者には『破裂』『無痛』などの作品があるらしいが、私は未読。ただただタイトルの“ブラック・ジャック”に惹かれて買った(笑)。大阪のフリーマガジン『月刊島民』誌上で連載された「中之島ふらふら青春記」が改題出版されたもの。著者が阪大医学部で過ごした青春時代の出来事や旅行記が、当時の中之島の佇まいと併せて記されていて興味深い。中之島とはまったく縁のない私が読んでも面白いのだから、中之島界隈の方が読めばなお面白いだろうと思う。著者は私と5歳しか違わないので、当時流行った映画だとか歌だとかについての記述も懐かしい。

そういう内容のエッセイ集であるが、中に1編だけ『ブラック・ジャック』について書かれたものがある。著者が医学生だった時代はまさに『BJ』が連載されていた時期とドンピシャ。場所も阪大医学部なのだから「毎週、かなり身近な状況で読んでいた」とある。古い標本室にあった襖ほどの大きさの人の皮膚標本こそが「イレズミの男」の題材であろうとか、無脳児や畸形嚢腫の標本もあったから『BJ』のストーリーのいくつかが「この標本室から生まれたのはまちがいない」という指摘は興味深い。1980年の中之島祭のゲストで手塚治虫が講演をしたエピソードも面白かった(手塚先生、受け答えがさすがです♪)。

また、著者はドクター・キリコがお好きだったようだが、医療に携わった後に小説家となるくらい生と死について感受性の鋭い人ならば、それもむべなるかなと思う。「弁があった」についても触れられていて、「安楽死を早まってはいけないという見本のような逸話だが、私は必ずしも納得しなかった。マンガだからそんな奇跡的な解決法が見つかるが、現実はそう都合よくはいかないからだ」の一文は深く考えればかなり重いものがある。

笑い話として、『無痛』という作品を書いたときに『BJ』のエピソードからちょっとアイデアを拝借したら、ネットのブックレビューで「BJのパクリもあるし」と書かれて恥じ入ったという話もある。「恐るべし、『BJ』の読者」と書かれていて、笑った。

タイトルの『ブラック・ジャックは遠かった』の意味についての記述は見つからなかったが、著者のBJに対する憧れや、医者のあり方や人の生き方についての謙虚で真摯な思いが込められているように感じられて、好感が持てた。エッセイから入ってしまったが、著者の小説も読んでみようと思った。

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