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これが人間の所業か?

「貧しい人 病人 非生産的な人 いてあたりまえだ
 私たちは他者から生産的であると認められたときだけ生きる権利があるというのか
 非生産的な市民を殺してもいいという原則ができ 実行されるならば
 我々が老いて弱ったとき 我々も殺されるだろう
 非生産的な市民を殺してもよいとするならば
 いま 弱者として標的にされている精神病者だけでなく
 非生産的な人 病人 傷病兵
 仕事で体が不自由になった人すべて
 老いて弱ったときの 私たちすべてを 殺すことが許されるだろう」

1939年9月1日、「T4作戦」と呼ばれる障害者安楽死命令が、ヒトラーによって発せられた。この残虐な思想によっていったい幾人の障害者の命が奪われたことか。これに対し、ミュンスターの司教だったクレメンス・アウグスト・フォン・ガーレンが1941年8月3日に教会で説教した文章が上記である。安楽死政策への公然たる批判だ。この説教の原稿は書写されて市民に広がった。フォン・ガーレンの説教から20日後にT4作戦は中止となった。

昨年だったかNHKで放送されたETV特集「それはホロコーストのリハーサルだった ~障害者虐殺70年目の真実~」で紹介されていた事柄である。あまりに衝撃的な内容だったため、わが家ではこの番組の録画は永久保存版扱いと決した。ヒトラーが常軌を逸していることは言うまでもないが、唯々諾々とその命令を遂行した人々の精神状態にも戦慄する。

神奈川県相模原市の障害者福祉施設で19人を殺害した植松聖容疑者も、もしかしたらこの番組を観たのかもしれないと思う。ヒトラーにでもなったつもりになったか? フォン・ガーレン司教の言葉を聞かなかったのか? その的外れな自己優等感、全能感はいったいどこから来るのか? 大麻のせいか、人格か? ……。

ただただ、犠牲となられた方々のご冥福を祈るばかりだ。

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コメント

こんなことを考えてみました。長文ごめんなさい。<(_ _)>
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相模原の事件を見てまず思ったのは、この犯人が精神異常という錦の御旗の元に2~3年の入院でまた社会に出てくるのではないか、という恐怖だった。警察に護送されている最中に笑っている姿は、その恐怖を増大させた。

計画性を持って施設を襲撃し、職員は拘束するだけで障がい者のみを殺傷する。断じて言うが、それは精神異常者の仕業ではない。容疑者が衆議院議長に送ったという手紙を読めば、そのことはすぐに理解できる。

■相模原殺傷 衆院議長宛て手紙 詳報
http://mainichi.jp/articles/20160727/k00/00m/040/020000c

恐ろしいことにこの容疑者は、自分の行いが時の為政者に理解してもらえるものと信じているのだ。以下にその後半一部を抜粋する。

> 作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。
> 逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。
> 心神喪失による無罪。
> 新しい名前(伊黒崇)本籍、運転免許証等の生活に必要な書類。
> 美容整形による一般社会への擬態。
> 金銭的支援5億円。
> これらを確約して頂ければと考えております。
> ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。
> 日本国と世界平和の為に、何卒(なにとぞ)よろしくお願い致します。
> 想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂
> けることを切に願っております。

繰り返すが、これは精神異常者の書ける文章ではない。確信犯だ。テロリストと同じである。これをもって精神に障害があると判断するとなれば、その判断と下した者に対して疑いを抱かざるを得ない。容疑者を精神異常者に仕立て上げなければ、何かマズいことがあるのではないのか、と。

ヒトラーや優生学の話を持ち出しているマスコミは多々あるが、この点に切り込んでいる報道はあまりないように思う。そのこと自体にも重大な疑義が生じるだろう。為政者に逆らえず、提灯記事ばかりを連ねるマスコミ連中は、不都合な真実から目を背けているのではないのか? 

ここに一本のネット記事がある。筆者は大学教授。ただし自らも全盲、全ロウという複数の障害を持った人物である。

■相模原殺傷:尊厳否定「二重の殺人」全盲・全ろう東大教授
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12159-0728e040221/

ここに書かれている事柄が、この事件の裏にあるモノをあぶり出しているように思うのは筆者だけであろうか? 

> しかし、これは障がい者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能
> 力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニ
> ズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つ
> まり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世
> 界も事実上その傾向にあるのではないか。(一部抜粋)

これは筆者が繰り返し主張している、グローバル化した資本主義経済の悪癖そのものである。すべてが経済的覇者の言い分で決まり、国家でさえもその影響から逃れられない。弱者は子供一人を養うことすら出来ない低賃金で使い捨てにされ、地球上の富の99%が1%の人に手に集まる。そうした社会を現実のものと見なし、自分がその一員にならんとした。それがこの容疑者なのだ。

考えるまでもない。この容疑者は精神鑑定にかけられ、異常であると見なされるであろう。世論の反発を鑑みて責任能力を一部に認めるかもしれないが、大筋においては破綻した精神の持ち主であると判断されるに違いない。そうしなければ、「勝者だけが報われる社会」を認めることになるからだ。

この予言が外れた場合、それは更なる警鐘を意味することになるだろう。つまり、「勝者だけが報われる社会」を築き上げようとする連中が、もはや自分たちの正体を隠しておく必要が無いと判断した、と考えられるからだ。

事態はそこまで切迫している。にもかかわらず、多くの人々が安穏とした生活が続くモノと幻想を抱いたままである。自分は弱者にはならないと思っているのならば、それは大きな間違いだ。我々の行く末に待ち受けているモノは、ヒトラーの抱いた幻想よりもすっと悲惨な社会なのである。

投稿: モトキ | 2016年7月31日 (日) 23時39分

モトキさん

大変なご無礼を……>_< お返事をしないまま早1か月が過ぎてしまいました。伏してお詫びいたします。申し訳ありませんでした。m(__)m

あまりに重い事柄なのでニュースの続報などを観ながらお返事を考えようと思っていたのですが、その後都知事選があったり、そうこうしているうちにオリンピックが始まったり(終わったり)で、この事件について何も続報を得られないまま今日に至ってしまいました。

この事件が過去類を見ないほどの残虐であさはかなものであったことは論を俟たないでしょうが、いちばん関心があるのは犯人が「異常」であったかどうかだろうと思います。モトキさんは「精神異常という錦の御旗の元に2~3年の入院でまた社会に出てくるのではないか」と危惧しておられますが、私はこの犯人は決して精神が「異常」なのではないと思います。思想信条が「異常」なだけです。そうすると「精神異常」と言った場合の「精神」に思想や信条が含まれるかということになりますね。

刑法第39条では「1.心神喪失者の行為は、罰しない。2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」とあります。われわれはつい「精神」と言ってしまいますが、法律では「心神」という言葉を使うのですね。また「心神喪失、心神耗弱」を調べてみると「心神喪失とは、精神の障害により①弁識能力(行為の違法性を弁識する能力)を欠く場合、又は、②行動制御能力を欠く場合をいいます。つまりは、自分が悪いことをしていることを認識していなかったり、悪い行為をしないように自分で歯止めをかけることができなかったりする場合をいいます」とありました。

今度の犯人にこれを当てはめてみると、自分が逮捕されることを予測して手紙を書いたりしている時点で「心神喪失、心神耗弱」ではなく、自らの信条の正当性を確信している確信犯と考えるべきと思います。確信犯であるというところまではモトキさんのご意見と一緒ですね。で、「心神喪失、心神耗弱」の状態ではなく自らの信条に従った確信犯であるというからには、刑法第39条には該当しないのではないでしょうか。つまりは、この男を精神鑑定にかけても異常は発見されないだろうと私は思っています。

……と、ここまでは考えたのですが、モトキさんのコメントの後半部分、破綻した精神(これは『思想信条』と考えてもよいと思いますが)の持ち主云々のところで「う~む?」となってしまい、ひと夏悩みました(笑)。そして結論はまだ出ません。まことに申し訳なく……m(__)m とりあえず、ここまででお返事とさせてください。m(__)m

投稿: わかば | 2016年8月28日 (日) 22時25分

ああ、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです。なにしろこの文章は、ノリと勢いだけで書いたメルマガ用のものですので、論理は破綻しているし、事実関係もいーかげんだったりします。そんな文章に一生懸命レスを書いていただいたなんて・・・。(>_<)

最近、わかばさんの文章に返すコメントがどうも手抜きばかりだったように思い、少しはモトキも考えているんだよ、というところを見せようなどと余計なことを考えたのが間違いでした。誠に申し訳ないでござる。<(_ _;)>

今後は返答に困るような書き込みに対しては、軽くいなしてやってくださいませ。いなされたということは、こりゃ書いた内容が悪かったなと反省材料にこそすれ、それを私が不満に思ったりすることはございません。だいたい人様のブログに勝手に書き込んでいるんですから、なにかしらのレスをいただけるだけでも感謝しなければいけないと思っています。

色々とご迷惑をおかけしました。これに懲りず、またお付き合いいただけるとうれしいです。(o^^o)
 

投稿: モトキ | 2016年8月29日 (月) 00時13分

>モトキさん
重ねてのコメントありがとうございます^^

自分勝手に書き散らした駄文にコメントをいただくことは望外の喜びなので、本文を書くとき以上の時間をかけてお返事を考えることは決してまれなことではありません。それにしたってホドがあるというほどお待たせした上に、内容がコレですから、切にご寛恕のほどを願うばかりなのはまさにワタクシのほうでございます。m(__)m

どうかこれからもお手柔らかに付き合ってやってくださいませ。わかばちゃん、難しいことわかんないから~\(^o^)/

投稿: わかば | 2016年8月29日 (月) 23時29分

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