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めぐみさんのアルバム

「如月めぐみのことが気になって、もうどうしていいかわからない」とおっしゃるほど如月めぐみファンであられるヨコさんからのコメントを受けて、久々にBJと如月めぐみのことを考えてみる。

最近いただいたコメントの中で、ヨコさんが次のような疑問を呈しておられた。
「でも、二人は恋人だったと言いますが、本当に付き合ってた期間はあったんでしょうかね?
あのアルバムは何だったんでしょうね?(^_^;)」

最初の疑問に関しては、これはもう読者各人の想像に任せるより他ないところだと思う。更には、何故二人が別れることになったのか? どっちから別れを切り出したのか? あるいは合意の上ではないのか? どういう別れ方をしたのか? 等々、原作に描かれていない事柄については、読者それぞれが様々な想像をしてもよい部分なのだとも思う。

以下は私の想像である(笑)。めぐみさんの手術が終わって後、BJは彼女を献身的に看護する(したに違いない)。その入院期間はどれくらいであったか。めぐみさんは子宮癌だったわけだが、20代で発症している点から子宮体癌ではなく子宮頸癌だった可能性が高く、また子宮だけでなく卵巣まで広範囲にわたって摘出していることから広汎子宮全摘術が行われたと思われる。その際の入院期間は現在では3~4週間となっている(連載時ならもっと長かったかも)。つまり、愛を告げた手術の後、めぐみさんが入院している間、少なくとも一ヶ月ほどは二人は親しく接する時間があったと思われる。

さてその後のことだが、私はめぐみさんの退院と同時に別れが訪れたと思っていた。その際は、別れの言葉も前兆もなく、めぐみさんがBJの前から突然姿を消して行方をくらましたと想像していた。理由はない(爆)。ただ、それが一番想像しやすかったからというに過ぎず、BJはその後風の噂に彼女が船医になったと知ったのだろうと思っていた。

ところが、今回のヨコさんの二番目の疑問である。
「あのアルバムは何だったんでしょうね?(^_^;)」

ここでどうにもわからないことが出てきた。あのアルバムはどういう来歴のものなのだろうか。これまで私はあのアルバムについて、他の医局員(辰巳先生あたりか?BJと如月先生のツーショットもあるのだからBJ自身が撮ったとは考えられない)が撮っためぐみさんの写真をBJがこっそり貰い受けてアルバムにしていたと考えていた。しかし、だ。「めぐり会い」でBJはそのアルバムを如月先生に「思い出を清算するために」「渡す」と表現している。

自分がこっそり作ってきた好きな女性のアルバムを本人に渡すことが、思い出を清算することになるか? はぁあ?! である。考えてみればこれほど不可解な行動はない。とんだトンチンカン野郎だ。自分がこつこつ作ってきたアルバムなら、「さようなら、めぐみ……」とキザにつぶやいて暖炉へポイすれば済むことだ。それをめぐみさんに渡しているということは……。

これはめぐみさんが作っためぐみさんのアルバムだということになるではないか!

いまはどうだか知らないが、ひと昔前は恋人同士が別れるときはお互いにもらったものを返すという風習(?)があった。BJはその伝でアルバムをめぐみさんに「返す」という行動に出たのだと思う。単に「渡す」ではなくて、ここは「返す」だ。つまり、めぐみさんから借りていた、あるいは「もらった」アルバムを「返す」ために、ずっと持っていたということになる。

では、このアルバムがめぐみさんからBJの手に渡ったのはいつなのか? 少なくとも手術以前ではない。愛を告げられる前に、めぐみさんがBJにそんなものを見せるはずがない。だとすると、めぐみさんの退院後だ。入院中に「きみの写真が欲しい」とかなんとかBJが言い、それではとめぐみさんが家から取ってきてBJに渡したのか……。

う~む。話がややこしくなってきた。めぐみさんの方からBJを振ったのだという前提を正しいとすると(というか、そうだとしか私には考えられない)、めぐみさんはいったいどういうつもりでアルバムをBJに「渡した」のだろう? 別れようと思っている恋人に自分のアルバムなど渡すだろうか? あるいは、渡す時点ではまだ別れを考えていなかったのか?

しかし、いずれもしっくりこない。別れようと思っている相手にアルバムを渡すなら、それは「自分をいつまでも忘れないでね」という意味になるだろう。めぐみさんがそんな自意識過剰な人だとは思えない。そしてもしそういう意味だったとしたら、最後にBJがアルバムをめぐみさんに返すという行為はとんでもなく酷い行為になってしまう。だからめぐみさんは別れを前提にアルバムを渡したのではない。ならば、渡す時点ではまだ別れを考えていなかったということになるのだが、めぐみさんはそんなに性急に別れを決めたのだろうか? 私は入院期間中にじっくりと考えてその悲しい決断をしたと考えたいのだが。

あらら~、答がなくなってしまった。┐(´ー`)┌

試しに「めぐり会い」という話からアルバムという要素を取り去ってみるとどうなるだろうか。
 如月先生の電話を受けたBJは即座に会いたいという意思を表明する。
 ついてきたピノコがいなくなり探す。
 ピノコは如月先生と話をして、めぐみとBJの恋模様を聞く。
 BJと如月先生は、たいして話もできなかった。
 後日、如月先生が出航するのをBJが見送りに行く。
これだけの筋である。しかしここにアルバムという要素が加わると、ラスト2ページが実に劇的に変貌する。「え?! 如月先生がめぐみさんその人だったの?!」と、読者はそのトリックにビックリするのだ。ついでに言えば、二人の再会にピノコがついてくるという要素も大事だったのだと気付く。二人きりだったなら、早々に「如月先生=めぐみさん」ということが判ってしまっていただろう。

だから……。「ストーリー展開の都合上」という読み方はあまりしたくはないのだけれども、アルバムという要素はストーリーを劇的に展開するための小道具だったというのが、いちばん破綻のない読み方なのかもしれないと思う。そして、手塚先生の都合上だったとすれば、二人の別れもアルバムの謎もやはり読者各人の想像を膨らませてよいのではないかと思う。いかがでしょうか?^^

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コメント

記事にまでして下さり、ありがとうございます!! 確かに、よく考えると、あのアルバムはめぐみさんが作った物かもしれませんね!
なるほど、、、(;゜∇゜)
でも、なぜBJがそれを持ってるのかは謎ですね、、、。もしかすると、小道具だったのかもしれません(^_^;)

二人が恋人だった期間が、あったのかどうかも謎ですが、たとえ付き合っていなくても両想いだったのは確実で、“永遠の心の恋人”という設定にするために、手塚先生が「恋人」と書いたのか、、、
ややこしい問題ですね(笑)
まぁ、どちらにせよ、去っていったのは如月先生の方だろうと思います。BJは、如月先生に子宮がなくても「女性じゃない」なんて思わないはずだし、一緒に生きる覚悟もしてたと思います。 でも、告白の前に「君が女である間に言っておこう」と言ってましたよね。どういう意味で発言したんでしょうね(^_^;)

めぐみさんが受けた手術とか、入院期間とか、詳しく書いて下さり、そして丁寧な解釈を記事にして下さり、本当にありがとうございます。
人それぞれ、解釈は違うかもしれませんが、自分は、わかばさんの解釈以外思い付きません😳

とにかくBJと如月先生の愛は、永遠物ですね!

投稿: ヨコさん | 2017年1月17日 (火) 19時22分

ヨコさん
コメントありがとうございます♪
ヨコさんのおかげで久々にめぐみさんにどっぷり浸かることができ、幸せでした。

ワタクシ大雑把な性格なので、正直あまり細かいことを気にしません。ですからアルバムのことも「まぁBJ先生ったら^m^」と微笑ましく読み飛ばしていたのですが、実際考えてみるとホント不思議な存在でしたね。気付かせてくださったヨコさんに感謝感謝です。
m(__)m

細かいことを気にしない私は、いまでも「めぐり会い」をただただ究極のプラトニックラブとしてうっとりと読んでいます。めぐみさんを襲った運命はとても過酷なもので、またそれをああいう方法でしか救うことのできなかったBJ先生の口惜しさも想像するだに辛いものがありますが、そんな不幸な運命があったからこそ、二人は永遠の恋人になれたのだとも思います。実際につき合った時期があったのかどうかはわかりませんが、別れてから、離れてから、その想いは更に深くなったのかもしれません。「会えない時間が愛育てるのさ」と昔の流行歌にもありましたしね(笑)

「君が女である間に言っておこう」発言ね~(笑)。そうですね……。これをもし手術後に「君が好きだ」とBJが言ったとしたら、めぐみさんはどう思ったでしょうね? もう手遅れだー!と悲しく思うのではないでしょうか。あれが告白できる最後のチャンス。女性と生まれて20数年生きてきて女性としての夢も持っていたであろうめぐみさんに対しての最後で最大級のはなむけの言葉だったとは考えられないでしょうか。「女性として生きてきたこれまでの君の人生はステキだったよ。そしてこれからはまた新たな人生を生きていくんだ」という意味が込められているように感じます。決して、あの時代に悪意をもって言われていた「子宮がなくなれば女じゃない」という意味での「女である間」ではないと思います。^^b

投稿: わかば | 2017年1月17日 (火) 23時31分

毎日コメントすみません😅

余計なことは気にしないのが一番ですね!(笑)
なにせ20ページで話をおさめないといけない上に、当時の手塚先生は多忙だったはず。矛盾みたいなものが生じてしまうこともあるでしょう(^_^;)(笑) それよりも、とにかく二人が、全てを越えた恋人になれたという事実が分かれば、それで良いのですよね!✌

「女じゃなくなる」という強調表現は、きっと手塚先生が、とにかく如月先生を「女性から男性になった」という役柄にしたかった。
手塚先生が「めぐり会い」で伝えたかったのは、決して“子宮をとったら女じゃなくなる”とかではなくて、“二人をただの男女の恋ではなく、性を越えた関係にしたかった”、、、ということではないかと、思えてきました。
本当に、究極のプラトニックラブですよ!これは🚢

男性になった如月先生と良い感じになってるシーンも、もっと見たかったけど、何も知らない人から見たら、「…これ、何系のマンガ、、、?(;゜゜)」となるかもしれませんね(笑) あー、手塚先生が描く如月先生が見たいです(^_^;)

投稿: ヨコさん | 2017年1月18日 (水) 22時53分

ヨコさん

私が考えた結果はこんなふうになってしまいましたが、二次創作などをなさっている人たちからすれば、アルバムの由来からだけでもステキなストーリーができあがるのだろうと思います。ヨコさんはヨコさんなりの解釈と想像力を大切になさってくださいね。

>本当に、究極のプラトニックラブですよ!これは

ご賛同ありがとうございます!発表から40数年たったいまでも、これほど切なくて美しい恋愛話は他にないと思っています♪

>「…これ、何系のマンガ、、、?(;゜゜)」
あはは(笑)。なるほど、そういう見方もおもしろいですね♪ この二人の後ろ姿を、ある程度BJ先生のことを知っている人、たとえば友引警部やドクター・キリコあたりが見たら「あれ?」と思ったりするかもしれませんねぇ。
^m^

投稿: わかば | 2017年1月19日 (木) 23時45分

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