« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年2月

(備忘録170224)

・きょうは、月末の金曜日に早期退社を促す「プレミアムフライデー」とかいう日だったのだそうだ。ここ日本だよね? なんで日本語じゃないかな~? チープなネーミングにアイ・キャント・ストップ・ラフィングだよ。┐(´ー`)┌

喜ぶ人もあれば大迷惑な業種もあろう。まあ、私には全く関係ない話ではある。経済効果がどれほどあるのかにも興味はない。ただ、こういう取って付けたようなキャンペーンは、不公平感と格差を助長する結末しか生まないような気がする。恩恵を受けない人はどうしても「損」をしているような気がするのではあるまいか。

・村上春樹の新作『騎士団長殺し』を買いに行く。店頭に百冊くらい平積みになっていた。あと、又吉直樹の『火花』(文庫版)と鈴木大拙の『仏教の大意』(文庫版)を購入。まだ『サピエンス全史』も読み終えていないので、読む本いっぱいで嬉しい~♪\(^o^)/

・金正男を殺害した方法はVXと判明。致死量は10ミリグラムだとか。核搭載ミサイルも怖いけど、VXを降らされるのも怖い。あの坊っちゃんは、どうしたものかね……。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

スマホと生きていく人類

トランプ大統領就任から1ヶ月、金正男暗殺から1週間、清水富美加(せっかく『家政夫のミタゾノ』でファンになったのに……)の出家から……何日だ? とかくブログの話題には事欠かない昨今なのだが、確定申告の準備で忙しかったりしてなかなか書けなかった。申告の準備が一応終わったので、きょうは書く。が、全然別の話題だ(笑)。

最近スマホのCMで「私たちはスマホと生きていく多分初めての人類だ」というのがあるが、あれを見るたびになんだかモヤモヤするのである。「スマホがないと生きていけない」の間違いだろうと思ったりする。「だから危機感を覚えよう」と続くなら、あっぱれと思う。だが「そう!スーパースチューデント!」と続くのである。おいおい、何を誇らしげにしてるんだヨ? スーパーなスチューデントなら、スマホ使わずに1週間生きてみなよ!

コピーとしてはよく出来ていると思う。いつの時代だって何かしらの新発明や流行があった。それをことさらにクローズアップして、さあ、新しい時代の幕開けだ!と宣言するのは気持ちの良いことだろう。昭和30年代半ばに生まれた私の世代なら、さしずめ「私たちはテレビと生きていく多分初めての人類だ」った。観すぎると目が悪くなるので最低でも画面の対角線の6倍は離れて観るようにと推奨されていたものだから、狭い四畳半の部屋の隅っこから観たりした(笑)。その後、「パソコンと生きていく」「ケータイと生きていく」人類があって、ここに「スマホと生きていく」人類が登場する。

先日、M氏から面白い記事を教えていただいた。タイトルに曰く「『手書きレポートを写メって提出』にネット民驚愕」というものだ。一見して意味がわからなかったのだが、記事を読んでなるほど驚愕した。パソコンを使えない大学生がいるらしいのだ。だからレポートは手書きした。⇒それを写メって提出した。ということらしい。┐(´ー`)┌

この行動のどこがおかしいか。高校までにパソコンは習得できているはずだから、それが使えないとはよほど出来の悪い大学生だった、ということには目を瞑るとしよう(記事中の教授はパソコンを使えないのがイカンというご意見だが)。抱腹絶倒級におかしいのは、なぜ手書きレポートを直接持参するとか郵送するとかしなかったのかということだ。そこでどうしてスマホが出てくるのかが私にはさっぱり理解できない。

よしんば、「レポート提出はファイルで!」と指定されていたと仮定しても、やっぱりおかしい。それなら最初からスマホでレポートを書けばよかったんじゃないの? 私はスマホを持っていないからわからないけれども、テキストファイルを送ることくらいできるんでしょう? それをわざわざ手書きして画像ファイルで送るって、どういう思考回路なんだろう? 「スマホと生きていく」人類にとってはいいアイデアなのかもしれないが、思考方法としてはものすごく変だ。

件のCMを見て私がモヤモヤするのは、なんでもできるスマホの軍門に降った人類を思い浮かべるからだと思う。使わなくて済むところまでついそれに頼ってしまうのは、依存症としても末期だ。いまは、パソコンとスマホの優劣が取沙汰されている段階だが、手軽な分だけいずれはスマホに軍配が上がる時代が来るかもしれない。しかしそこで問題になるのは、スマホが人類の知恵や思考や直感を放棄してまで使うべきものかということではなかろうか。先の例の仮定の話で言えば、何故ファイル形式で提出するように指定されたのかという相手の思惑を、そのときの人類がはたして察することができるかどうかということだ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』

2月4日にAmazonから届くはずの『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』(つのがい著)が一日早く届き、決算処理という大事な仕事があるのについつい読んでしまった。

同氏のTwitterでその画力には驚嘆していたものの、いざ書籍化されたものを手に取ってみると、本当に手塚治虫が描いたBJのようで、何やら懐かしい既視感に襲われたりもした。

「イラストギャラリー」に見られるように絵は言わずもがなの巧さだが、特筆すべきはそのコマ割り。縦横を無視した斜めのコマ割りや非常に小さなコマの配置がまさに手塚治虫を彷彿とさせる。しかし手塚がそれを劇的な手法として用いているのに対して、つのがい氏は徹底的にギャグに用いている。劇的にする必要のないところを妙に盛り上げるというギャグセンスが、イイ♪

手塚マンガのパロディというジャンルの先駆者としては田中圭一氏がいるけれども、田中氏のような下ネタがない分、読みやすい。絵もより手塚に近い。全体としては『聖☆おにいさん』のようなまったりとしたギャグタッチの本に仕上がっている(『聖☆おにいさん』よりキャラが皆アホだが)。私のようなおばさん世代にはわからないネタもあって、そのへんも『聖☆おにいさん』のよう(汗)。

そして、これはギャグマンガなのだから、BJやピノコ、キリコ、ロック等々が出演していても、『BJ』の持つ世界観を期待して読むべき本ではないのだろう。BJがただのボンクラであることが最大のギャグだと考えれば、『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』というタイトルもこれで良いのだろう、きっと。それでも、「おるすばんピノコ」に描かれているピノコは私の想像するピノコと重なるし、手塚治虫に対する愛情は高田馬場の和菓子店「青柳」でのお話(ラストのコマのBJの表情は必見!)に溢れている。

これだけの絵が描けるのなら、もっともっと突き抜けたBJギャグも読んでみたい。もっとも、突き抜けたギャグというのがどういうものか私にはわからないのだけれどネ……。あるいは、この絵で、本当に手塚御大が描いたのかと思わせるような作品はできないものだろうか。優れた原作者の原案、あるいはストーリーを広く公募などして、それをつのがい氏が20ページで描いたら……。それを「少年チャンピオン」誌上で読めたなら、BJファンの至上の喜びとなりそうな気がする。

-------------------------------

ここ一週間ばかり、ブログの管理画面にログインできない。なんでもGoogle Chromeでそういう症状が出るとのことだったので、久々にIEからログインしている(Microsoft Edgeはデザインが嫌い)が、動作が遅くてイライラしっぱなし。
早く直してくださいよ、ココログさん!>_<

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »