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『真昼の悪魔』

『真昼の悪魔』(遠藤周作著)読了。いやいや、他に読みたい本はいっぱいあるのに、たまたま観た同名のドラマの面白さに、ついつい原作にまで手を出してしまった(汗)。

---患者の謎の失踪、寝たきり老人への劇薬入り点滴…大学生・難波が入院した関東女子医大附属病院では、奇怪な事件が続発した。背後には、無邪気な微笑の裏で陰湿な悪を求める女医の黒い影があった。めだたぬ埃のように忍び込んだ“悪魔”に憑かれ、どんな罪を犯しても痛みを覚えぬ虚ろな心を持ち、背徳的な恋愛に身を委ねる美貌の女―現代人の内面の深い闇を描く医療ミステリー。---(新潮文庫版カバーより)

中学か高校の頃に『海と毒薬』で読書感想文を書いて以来の遠藤周作である。↑上の内容説明には「医療ミステリー」とあるが、女医が主人公のミステリ仕立てではあるものの医療とはあまり関係がない。『海と毒薬』が生体実験を扱って医者の良心を問う作品だったのとは少し趣きを異にする。最終章まで名前が明かされない「女医」の悪魔的所業に、読者は自分の良心を試され、その良心の寄って来たる根拠の薄弱さに思い至って愕然とする。この作品を興味深くおもしろく読める読者なら(もちろん私も含めて)、多少なりともこの「女医」のような悪魔的感覚を持っているに違いないのだから。

この「女医」はおそらくサイコパスと診断される人間なのだろう。ドラマの方では自分の父親に対して「私はどうしてこんな人間なの?!」と叫び、たびたび教会へ懺悔に行く(その実、神父と闘いに行っているのだが)という行動からも、この状態から抜け出したい、救われたいと思っているような片鱗が見えるが、原作の方ではそういうエピソードはなく、どこまでも自分本位で罪を犯し、それに対する後悔もまた満足も得ていない。原作の方がサイコパスの度合いは高いような気がするけれども、ドラマでの演出の方が恐怖は倍増する。自分が罪悪感を持たぬ人間だとわかっている人間がその異常性にも気付いているほうが、より救いがないではないか。

終盤にかけて、女医の周辺にも怪しい人物が登場……いや、ずっと出ているから「発覚」のほうがいいか。いったい彼は何を考えて行動しているのか。善なのか悪なのか。混沌としてくる。普通に生活している人間と悪魔のどこが違うのか……。現代に起こるいろいろな凄惨な事件と照らし合わせてみても、人の心の均衡の危うさを思わずにはいられない一冊である。

あ、ドラマが始まる。観ます♪

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