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パンドラの箱

きのうは北朝鮮が何かやらかすかもしれない「Xデー」と呼ばれる日だった。結局、ミサイル発射も核実験もなかったようだが、この先いつXデーが来てもおかしくはない。心配なこと、この上ない。

とは言うものの、心のどこかでそれを観てみたいと思っている自分がいるのも事実だ。もちろん自分は安全圏にいて、それを他人事として観ているのが条件なのだが(ズルいね)。

前世紀に話題になった『ノストラダムスの大予言』。1999年の7月に世界のどこかで何も起こらなかったときには正直がっかりした。私の心の片隅にある破壊願望が満たされなかったからだと思う。

大戦中に東京が焼け野原になるのを経験した坂口安吾は、滅びの運命の美を描いた。大阪で空襲を受けた経験のある手塚治虫は、破壊は大スペクタクルだと言った。こんな天才たちを引き合いに出すのはおこがましいが、そういう感覚はわかる気がする。

もちろん安吾や手塚は自身がそれを経験したのであり、私の単なる想像上の悪魔的な破壊願望とはまったく違うものだろう。渦中に置かれた彼らの恐怖と憤りと悲しみは想像に余りある。しかし彼らはそれを経験したからこそ、後の創作活動の基盤となる哲学を持つことができたのだとも思う。とことんまで堕落したところからおのれの力だけで這いずり上がれと安吾は叫び、再生と命の輝きを手塚は描いた。とことん破壊されたどん底からしか、見えない希望があるのかもしれない。

この世から戦争行為がなくならないのは、人間の本能が行き過ぎた繁栄を危ぶみ、それを破壊しなくては希望は見つけられないことを知っているせいなのかもしれない。

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