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2018年4月

この騒ぎは何なの?

“I Have a Dream”といえば、人がみな平等で差別のない平和な世界を目指したキング牧師の演説だ。彼の言わんとするところは人種差別の撤廃が主眼だが、彼の死去からちょうど50年たった今日でも世の中には様々な差別が存在している。

ところで「差別」と「区別」は分けて考えなくてはいけないと思う。複数個の事物の間に「違い」を認める点においては同じだが、「差別」には「取り扱いに不当な差をつけること」という優劣の意味合いがあり、「区別」にはそれがない。

さて、最近の日本では男女差別に関する話題が相次いだ。

先般の大相撲の春巡業で舞鶴市長が土俵上で倒れ、女性が救命処置を施した件。この行為に対し、女性は土俵から降りるようにアナウンスがなされ、物議を醸した。女性が土俵に上がってはいけないというのは差別ではないかというものだが、相撲協会が謝罪を行ったことでまずは収まった。まあ、それでよかったのではないかと私は思う。それぞれが正しい行いをしたのだと考える。大相撲の興行を行う相撲協会のルールが「女性を土俵に上げない」となっており、それは神事に基づくからという信念も理由もあるのなら、責務を全うせんとしてアナウンスをした行司を責める理由はないし、目の前の病人を助けようとした女性の行いもこの上なく正しいし、今回の場合は人命にかかわっていたのだからこういう成り行きでよかったとする協会の見解もみんな正しい。

それを女性差別だとか女性蔑視だとか大騒ぎする外野のほうが変だ。宝塚市長が女性であるのを理由に土俵下に置かれた台の上から挨拶したが、それも仕方がないんじゃないの?と思う。大相撲を男だけの世界にしたいと興行主が思っているのだから、はいはいと大目に見てやればよいのではないかと思う。これは「差別」ではなく「区別」なのだから。神事であるということで、女性を血の穢れのある者として観るのが問題だというのなら、それはまたぜんぜん別のところ(宗教とか習俗とか)の問題になってくると思う。

数日前から話題になっている財務事務次官の「セクハラ発言」の件。もう、聞くたびに笑ってしまう発言なのだが、これははたしてセクハラなのか? こんなスケベ親父ははいて捨てるほどいる。世の女性ならこれくらいのことを言われた経験のある人はゴマンといるに違いない。決して良い気持ちのするものではない。いや、殴ってやりたいと思うのがいちばん正しい反応だと思う(あ~気持ち悪っ!>_<)。超絶不快な発言には間違いないが、そういう感情的側面を別にすればこの発言によって相手の女性が個人的に実質的な苦痛を味わったり不利益をこうむったり、不安な状況に追い込まれたというわけではなさそうに思われる。かえって録音を大スクープとして利用しているのは女性のほうなのだから。複数の女性記者に過去にそういう発言を繰り返しているという情報も掴んでいたのだから。上司というわけでもないのだから、腹を立ててぶん殴ればよかっただけの話。

もしも……、と考えてみる。もしも私がうら若き女性記者だったなら、地位のあるスケベ親父にハニートラップを絶対に仕掛けない……とは断言できない(笑)。

財務省が矢面に立たされているいま、こんなアホらしいニュースが駆け巡るというのは、なんだか「セクハラ」「女性蔑視」なら誰もが「こいつ悪い奴だ」と納得するだろうという認識の上に演じられた茶番劇のように思われてならない。こんなことで男女における差別を語られてしまうと、本当に差別に苦しんでいる人たちに対して失礼ではないかとさえ思う。キング牧師の言葉の重みに思いをはせる必要を痛感する。

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