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きょうは涅槃会

一昨日、親友Mのお母さまの四十九日法要に列席した。日差しの明るい日で、成仏なさるにふさわしい日に思われて嬉しかった。本堂で参列者みなで読経した後、住職さんが傍らに掛けてあった大きな涅槃図の説明をされた。2月15日が釈迦入滅の日ということで、2月には掛けるのだそうだ。江戸時代の作だが、極彩色が鮮やかに残っている。

右を下にして横になる釈迦の周りに大勢の弟子や鬼神や動物たちが集っている。空からは釈迦の母であるマーヤ夫人が雲に乗って降りてきている。マーヤ夫人は釈迦を救うための薬を持って来られたのだそうだが、それが間に合わず釈迦は亡くなってしまわれたのだそうだ。また釈迦の後ろにはサーラの木が8本。釈迦の死に際してこのうち半分は枯れてしまったが、残り半分には花が咲いたのだとか。また、ムカデや蚊まで描かれている動物群の中には何故か猫がいないのだそうだ。本山にある涅槃図には猫も描かれているから是非観てみてくださいとのことだった。

以前「大般涅槃経」を読んだことがある。原題「マハー・パリニッバーナ・スッタンタ」。釈迦の最後の旅と入滅、その後が描かれている。釈迦は80歳で亡くなるギリギリまで教えを説き続け、生まれ故郷に帰ろうとする旅の途中で食中毒が原因で亡くなった。普通の死と違い、釈迦は「涅槃に入った」とされるので、死後に六道のどの世界にも生まれ変わらず輪廻から脱却しておられるはずだ。われわれが言うあの世、いわゆる浄土にも生まれ変わっておられないことになる。マーヤ夫人とも再会されていないのかと思うとちょっと哀しい気もするが、涅槃に入ることこそが釈迦の考える理想すなわち解脱だったのだろう。

日本の仏教はあまねく大乗仏教で、しかも私が小さい頃から慣れ親しんだのは「死んだら浄土に生まれ変われる」という教えだから、あの世へ行けばお祖父ちゃんやお祖母ちゃんや父やMのお母さまにもまた会えると信じているところがある。浄土という概念をいつ誰が思いついたのか知らないが、涅槃に入ることなど思いもよらぬ煩悩にまみれた凡夫の身には、その世界観はありがたい。

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