« 2019年9月 | トップページ | 2019年11月 »

2019年10月

有職故実の力

テレビで即位礼当日賢所大前の儀~即位礼正殿の儀を観た。儀式そのものもそうそう観られるものではないし、まるでお雛様が並んでいるような煌びやかな装束とその場の凛として厳かな雰囲気には思わず惹きつけられた。これで雨さえ降っていなかったらお庭にも楽部の人たちがずらりと並んで、もっと華やかになっていただろうと思うとそれが残念だった。もっとも、ネット上では天叢雲の剣が雨を呼んだとのファンタジーが云々されていて、きょうの雨や虹さえも天皇家の神話(?)に一役買っているようである。

儀式でいちばん印象に残ったシーンは、安倍首相が天皇即位を言祝いでいるシーンだった。首相の後ろ姿と、正面には高御座から微動だにせず首相を見下ろす天皇陛下という位置関係。戦後天皇は神ではなくなったけれど、それでも国民の最高権力者である首相よりはるかに「上」の存在であることを如実に表しているシーンだった。それは私の目には神々しいものに映り、それこそが歴史の重みという権威なのだと思った。

そしてもしもこれが平安装束ではなく洋服の礼装であったなら……、高御座ではなくただ一段高いだけのステージであったなら……、これほどのインパクトはなかっただろうと思う。また、即位礼は平安装束でやるべしという決まりがあるのかどうか私は知らないのだが、もうちょい前の時代の恰好……貫頭衣とみずら、顔には刺青、杖に八咫烏をとまらせて、などという姿でやられたらこれはちょっとついていけない(笑)。王朝文化が花開いた華やかな平安の装束で行うことが大事なのだろうと思う。観る者を夢見心地に誘う壮大なコスプレファンタジーである。

ともあれ、きょうの即位礼を大いに楽しんだ私であるが、夫などは「何をそんなに有難がるのかわからん」と言う。彼は天皇制そのものに疑義を挟むのが常なのだけれども、私はきょうのファンタジーを観て天皇制はあったほうがよいという思いを強くした。政治的権力を持たず、しかも最高為政者よりも「上」の存在という稀有な立ち位置は壮大な緩衝体に思われる。国内においても、対外的にもだ。まあ、ここではこれ以上立ち入らないが、天皇家がなくて時の権力者が好き勝手やったら…と想像すると怖いものがあるのである。

今後いつまで天皇制が存続するのかわからないけれども、お代替わりの度に日本の歴史を思い、政治形態を思い、平和を願う陛下のお言葉をかみしめることのできる日本国民は幸せだと思う。豊かな文化の弥栄を願う。

| | コメント (2)

私はやらない

どうにも虫の好かないものに「ふるさと納税」というのがある。いまは都会に出て働いている者が自分の生まれ育った「ふるさと」に税金を納めるという行為自体には何の文句もない。立派なものだと思う。百歩譲って自分の「ふるさと」以外の、たとえばむかし旅行に行って良いところだなと思った地域などに対して、それをするのも良しとしよう。気に食わないのは返礼品というシステムだ。

縁もゆかりもない地方の返礼品が良いからと、そこに納税するというのは何かが根本的に間違っていると思う。ふるさと納税をカタログショッピングと勘違いしていないか?

先日、とある地域からの返礼品(和牛)が脂身ばかりだったと苦情が相次いだという。おそらく見本の写真とあまりにも違っていたのだろうが、「そんなのを送ってこられたら、もうそこにはしませんね」などというコメントが並んでいた。お得だからしているのだ、と思っているのがありありとわかる。

お礼とかお返しにケチをつけるのは卑しいことと思う。そもそも最初からお返しを期待することが卑しい。だからそれをシステム化している「ふるさと納税」自体がイヤだ。「お得感」が得られれば国民は満足するでしょう?とお上に思われているのがそもそもイヤだ。

税収を上げることができる地方自治体、産品を自治体が買い上げてくれる生産者や業者、お得だと喜ぶ納税者。損得勘定で言えば誰も損をしていない。誰が損をしているかというと、ふるさと納税を利用しない都会の人たちと税収が減る都会ということになるが、私は地方の人間なので都会人のことには関心がない。地方の人間として気になるのは、この制度で本当に地方は活性化するのかということだ。

和牛脂身だらけ事件においては、あまりに返礼品としての注文が多すぎたためにこのようなことになったという。そんな状態ではおそらく地元民に対しての商売などできてはいなかっただろう。それに、一度こんな事態を起こしたからには返礼品業者からも外されるのかもしれない。ものすごくリスキーだ。自治体の御用業者になることで存続しようとする形態はどうなんだろう?と思う。実際に私は返礼品の業者になることを断った人を知っている。

そもそも「ふるさと納税」で地方が活性化するかどうかは甚だ疑問と思う。税制について詳しくないため、ここから先は私の想像なのだが……。税金の使い道については年度ごとに自治体が予算を組むのだろうと思う。年度をまたいでプールできるのかどうかがわからないのだが、持ち越しができなければ(自治体の規模にもよるが)大きな事業などできまい。ふるさと納税額は年によってもかなりの変動があることと思う。翌年度の予算見積もりも難しいだろうし、使い勝手の悪い税金なのではないかと思う……が、詳しくないのでこのへんでやめておく。

「ふるさと納税」とは言うものの、これは寄付だ。寄付できるだけの余裕があるお金持ちはお得感を十分に得られるが、貧乏人はそれを味わうこともできない。非常に不公平だと思う。そんなお金持ちが返礼品の脂身が多いくらいでゴタゴタ言うんじゃねぇ!ヘットとして使えばいいじゃねぇか!と不快に思ったので書き記した。金持ちほど損得には敏感なんだね~(笑)。返礼品などなくても、困窮している地方にポンと寄付するのが本当のお金持ち。それがノブレス・オブリージュってものだろう。

| | コメント (2)

« 2019年9月 | トップページ | 2019年11月 »