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2020年3月

コロナ雑感

新型コロナウイルスが全世界で猛威をふるい、終息の気配が見えない。2020東京オリンピックは1年程度の延期が決定し、何故かそれと機を同じくして東京での感染者が急増した。新型コロナ特措法による緊急事態宣言も可能となり、政治的側面から観て日本のコロナウイルス禍もやっと新たなフェーズに入ったと思われる。

既にニューヨークやパリの街からは人影が消えているという。理由もなく家を出ると罰せられるそうだ。しかし一方で、ドアノブを舐めるチャレンジがあったり、ストレスを募らせた若者が大勢集ってワイワイ騒いだりもしているとか。日本でも、ウイルス感染に対する意識が向上したというので学校が再開されたりした。カオスだ。

これまで教科書でしか知らなかった国を揺るがすような「疫病の流行」という言葉を、いま実際に目の当たりにしているわけだが、聖武天皇が東大寺や国分寺を造らせた気持ちも、妖怪アマビエが話題になるいまの世相もなんとなく理解できる。人智を超えた、未だ克服できぬものを前にしたとき、恐怖と不安というストレスできっと人はどうしてよいかわからなくなるのだ。責任を持つべき為政者はオロオロと蒼くなって正常な判断力を失い、庶民はその人なりのやり方で精神の安定を求めるのだろう。誰かを批判非難して留飲を下げたり、何かに熱狂して我を忘れたくもなるのだろう。

ネットで「地球にとっては人間がウイルスでコロナがワクチン」説を目にした。コロナのせいで中国の空やイタリアの水が綺麗になったというのだから、これはあながち間違いではない、というか、それが真実なのかもしれないと妙に納得した。地球は、人間の増えすぎや自然を無視した傲慢さを赦さないのかもしれない。

Wikipediaによると、パンデミックは今回で24回目となるらしい。1918年-1919年のスペイン風邪の死亡者数が5000万~1億人と群を抜いている。今回の新型コロナウイルスは感染力は強いが致死率はそれほど高いわけではないという。しかし今後アフリカ大陸でウイルスが蔓延し、さらにはウイルスが変化するようなことが起これば、死者数はどこまで増えるかわからない。自分が死亡者数1にカウントされないという保証はどこにもない。

わが島根県ではまだ感染者の報告はないので比較的のほほんと日常生活を送っているが、先日の連休には県外から多くの観光客が訪れていたから、県内から初めての感染者が出るのも時間の問題だろう。仕事をやめて家にいろと言われたら、自営の対面販売業のわが家は夫の年金以外の収入が0になる。飢え死にするまでにワクチンが開発されますように……。(-人-)

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還暦

生まれてから21915日目のきょう、何事もなく60回目の誕生日を迎えた。なにしろ還暦など生まれて初めてなので(長嶋氏の口調で)、何をどうすればよいのかまったく見当がつかず、普段どおりの平平凡凡たる一日を過ごした。

子供だった頃、60歳のご婦人といえばもう相当のおばあさんに見えた。私の祖母がちょうど60代だったわけだが、毎朝きちんと着物を着、髪を結い、なんでもそつなく悠々とこなし、座布団にちんまりと座って静かにお茶を飲んでいたという印象がある。それに比べていまの私は……と考えると、冷や汗が出る。

平均寿命があの頃より20年も延びたいま、あの頃の祖母の胸中にあったものと、きょうの私の思うものは幾分かの違いがあるのかもしれない。

還暦を迎えたとはいってもさしたる感慨もないのだが、ひとつ考えていることはある。今年からいわゆるエンディングノートを書き始めようと思う。私をこの世にあらしめてくれたご先祖さまの家系図から書き起こして、まずは私の履歴書などを書いてみよう。あとはわずかな財産の所在とか、処分してもらいたいもののリストなど(このブログもそうだ)。日々の暮らしで何を大切に思うかとか、克服すべきは何かとか、感謝する人や出来事は何かとか、いろいろ思うことを書いてみよう。何年後か何十年後かに私があの世へ行くまでに書き終わればよい。途中で考えが変わってもかまわない。のんびり書き綴りたいと思うが、記憶力がいつまで存在するのかはわからないので、それなりに頭がはっきりしているうちに書いておこう。誰かが読むことは期待しないけれども、それでも念のために、墓場まで持っていかなくてはならない事柄とか都合の悪いこととかは書かないでおこう(笑)。

そんなことを考えていると楽しくなる。自分の人生をそろそろ総括し始めてもよいかと考えられるようになった分だけ、少しは大人になったのかもしれない(笑)。この世のすべてのものに感謝を。(-人-)

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手裏剣シュッシュッシュッシュシュー♪

今年は数年ぶりにNHK大河ドラマを観ている。明智光秀という「信長を殺した人」という認識しかない人物が主人公ということで、どんな歴史ドラマになるか楽しみなのだが、今のところチャンバラと戦闘シーン満載の「時代劇」として面白く観ている。出てくるおじさま達がみんなクセ者なのも楽しい。賛否両論の色彩の鮮やかさについてはだいぶん慣れた(笑)。

で、『麒麟がくる』についてのネットニュースなど漁っていたら、こんな記事を見つけた! ↓

『仮面の忍者 赤影』が残した特撮のDNA 『麒麟がくる』で注目の織田信長も登場!

赤影さんですよ赤影さん!\(^o^)/ 赤影さんが出てくれば麒麟はすっかりかすんでしまう私なのであった。

カラフルさでは大河ドラマを上回った『仮面の忍者 赤影』とあるが、もうカラフルさなど本当はどうでもよく、この記者さんはただ赤影の魅力について書きたかっただけなんじゃないかと思うような内容で、非常によろしい。信長が伊賀忍者に手を焼いたということ(天正伊賀の乱だろう)も書いてあるが、『赤影』には甲賀忍者は出てきても伊賀忍者は出てこないから、これもまた信長関係でどーしても赤影に触れたいという無理矢理な論法で、とても好ましい。

この記事と時を同じくして、先日の『ブラタモリ 伊賀』にも赤影さんの映像が2回も使われていて狂喜乱舞した。何なの? いま赤影さんのブーム来てるの?(笑)

もう赤影の坂口祐三郎さんも白影の牧冬吉さんも鬼籍に入ってしまわれたが、赤影の想像を絶するカッコよさ、白影の頼もしさ、青影の金子吉延さんの「だいじょーぶ!」のポーズも、いまでもクッキリと瞼に浮かぶ。天津敏さんや汐路章さんなどの悪役も魅力たっぷりだった。……ああ、また観たくなってきたナ(笑)。LDで全話持っているので、久しぶりに観てみようか。DVDは持っていない。コメントでどなたか書いておられたが、お高いんだもん……。

子どもの頃にこんな面白い時代劇に出会えたことは、まさに一生モノの幸せだ♪

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