このニュースに関して毒を吐いています。ご気分を損ねることもあるかと思いますので、自己責任のもと、お読みになる気がある方だけお読みください。
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自分が荒川区の住民でなくて本当に良かったと思う。荒川区は最終的に野良猫の一匹も道を歩かず、野生の鳥一羽も飛ばない町を目指しているのだろうか。人間の迷惑になる動物は存在することすら許さず駆逐するのか? あらゆる動物は人間の管理のもとでしか生きていてはいけないのか? それがどれだけ異常で不気味なことか想像できないか?
餌やりだって人間の管理ではないかと言う人がいるかもしれない。微々たる罪滅ぼしなのだと答えよう。街をアスファルトとコンクリートで覆い、緑を無くし、彼らが野良で生き抜いていかれる環境を破壊したのは人間だ。わずかに細々と生き残った彼らに少しばかりの餌をやることのどこが悪い?
糞尿で街を汚すだって? そりゃあ人間が街から土の地面をなくしてしまったからでしょうに。土なら全部吸い取って微生物が分解してくれるよ。人間が飲み食いして捨てる缶やプラスチックゴミはずっと残るのだけれど、そっちは気にならないのかな? 鳴き声が迷惑だって? 人間が出しているけたたましい騒音ならOKなのか?
この問題、つきつめれば都市と自然の問題だ。住み分けが可能ならば、自然がいっぱいで人間のいないところへ彼らを移してやりたいよ。荒川区がそこまでやるのなら評価してもよい。野良はそうやって生きているのが自然だ。一方で人間は都市のほうが住みやすいからそういう環境を作り出した。そして野生の彼らを駆逐しようとする。しかし、人間が都市から自然を排除しようとすれば、さてどうなるだろうね。都市には都市なりの生態系があるはずで、野良猫が少なくなればネズミは増えるだろうな。鳥が寄り付かなくなれば虫が増えるかも。そうすると次にはネズミと虫を一斉駆除しようとするのかな。害虫ばかりでなく益虫もいなくなってしまったら、花の受粉なんかどうなるんでしょうね。ああ、都市には花なんかいらないのか。無機質で清潔な構造物に人間と鎖に繋がれた動物だけが住むところ。すばらしいね、都市って。
ちなみに「動物愛護」なんて言葉も私は好きではない。人間も動物も同じ重さの命を持っているという考えからは、こんな高みに立った言葉は決して出てこないはずだ。この文章も「動物愛護」などという観点から書いてはいないつもりだ。人間だって何かの偶然でこの世界に住まわせてもらっているのだという謙虚さを忘れたら、いつか途方もないしっぺ返しを食らうと思う。いや、もう食らっているのかも。どこまでも人間中心ひいては自分中心の考え方が怖くてならないから書き留める。
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