カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

核兵器禁止条約採択

【核兵器禁止条約交渉をめぐる構図】

●参加……米国の「核の傘」に入らない非核保有国など
    オーストリア、メキシコ、ブラジル、南アフリカ、スイス、スウェーデン、
    エジプト、インドネシアなど 129か国

●不参加
 ・核保有国
    ロシア、アメリカ、フランス、中国、イギリス

 ・実質的核保有国
    インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエル

 ・米国の「核の傘」に依存
    日本、ドイツ、韓国、ポーランド、イタリア、カナダ

【採決】
  賛成122か国、反対オランダ、棄権シンガポール

「核兵器使用の被害者(ヒバクシャ)と核実験の被害者の受け入れがたい苦しみと被害に留意する」との文言が盛り込まれた。

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何故、唯一の被爆国である日本が不参加なのか!? 腹が立ってしかたがない。
不参加の理由であるところの「建設的かつ誠実に参加することは困難」という意味不明の日本語を、誰か説明してほしい。
更に言えば、現行憲法はアメリカに押し付けられたものだから変えるのだと言う自民党政権が、どうしてここではこんなにアメリカに尻尾を振るのだ。一貫性と節操の無さに嫌気がさす。品も気概も崇高な理念も持たない国に嫌気がさす……。

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(備忘録170629)

だんだんと安倍包囲網が狭まってきた感のある今日この頃。森友問題から加計問題、豊田女史の「このハゲーーーー!」発言もこの時期に計算されて公にされた気がする。稲田防衛相は、まぁ、いつ爆発するか予測不能な自爆用爆弾だと思うけれども(笑)。で、きょうはまた幹事長が北朝鮮に対して差別的な表現をしたとかしないとかで、とても国政を預かる人の発言とは思えない。これもきっとマスコミに叩かれることと思う。

弱り目に寄ってたかって叩くという政界の仁義なき戦いが繰り広げられているようだ。野党がここぞとばかりに攻めるのはわかるが、たぶん黒幕は自民党内にいるんじゃないかな、という気がする。

安倍ちゃん、確かに調子に乗り過ぎたもんね。集団的自衛権やら共謀罪やらを勝手に決めて、国民にはちゃんとした説明もなし。憲政を私して破壊した罪は重い。しかしそれにしても、ロクな政治家がいないもんだね。

「最悪の政治家を決めるのは極めて難しい。これこそ最悪の奴、と思ったとたん、もっと悪い奴が必ず出て来る。」
by ジョルジュ・クレマンソー

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芸能人の不祥事

先日のネットニュースで、今年の夏はSPで『眠狂四郎』が放映されると知り、楽しみでならない♪ それまで何ごとも起こらず、無事に観ることができるよう祈らずにはいられない。

というのも、ここ数日、覚せい剤所持で逮捕されたり、未成年との不適切な交際で活動停止処分となったりする俳優が続けざまに出たからだ。出演していた映画が封切り後すぐに公開中止になったり、これから放映予定だった連続ドラマの全編放送中止が決定したりしている。

私個人としては、なにもそこまですることもないだろうに、と思う。制作に費やしたお金や時間、関わった人たちの熱意や創意工夫、作品を楽しみにしていた視聴者の期待等々が無に帰してしまう。作品そのものに社会的・倫理的に問題があるというわけではなく、出演者たった一人の不祥事で、だ。

スポンサーがその名を出すのを嫌がるのだろうか? でも、公開されなければスポンサーも元が取れなくて大損なのじゃないかしら。

そのまま公開・放映すると、批判が殺到するのだろうか? でも、そもそもどういう人が批判するのだろう。聖人君子? 正義の人? それとも、ただの文句言い?^m^

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「お上の事には間違いはございますまいから」

最近どうもテレビも新聞も見るのがイヤになっているので詳しくは知らないのだが、着々と「テロ等準備罪」が成立に近づいているようだ。先日、友人とこの話題になったとき、私が「お上の事には間違いはございますまいから」と言ったら、「『不意打ちに会ったような驚愕の色』を見せるお上が一人でもいると思う?」と返してきたので、二人で大笑いをした後に嘆息した。めちゃくちゃアカデミックな会話ではあったナ(笑)。

森鴎外の『最後の一句』の中に見えるやりとりである。われわれの時代、中学の国語の教科書に載っていた(いまも載っているのかな?)。死罪と決まった父親の命を救うために自分たち兄弟が身代わりになるとお上に申し出た長女“いち”が放った強烈な一言が「お上の事には間違いはございますまいから」である。結局この“いち”の言葉が父親の死刑執行を日延べにし、更には期せずして宮中行事による恩赦が行われて父親は死罪を免れることになる。

要は、佐々という奉行の胸に“いち”の最後の一句が突き刺さったということなのであるが、父親の罪も間違いのないところではあるので、それがこういうことで揺らいでよいのかと、当時中学生だった私にはよくわからない話でもあった。それが大人になって段々とわかってきたのは、人を裁くことの難しさとそれに伴う「おそれ」とである。完全無欠な人間などいない、法律がすべてでもない、当事者によって結果が異なることもある、何が正しいのかなんて誰にもわからない、そういう諸々のことがわかってくるに従って、無垢な子供の献身的行為ほど衝撃的なこともそうそうないこともまたわかってきた。普通の大人なら、こんな言葉をつきつけられたらどうしていいかわからない。心胆を寒からしめられて思考停止になってしまう。

この話の救いは、奉行がそういう普通の大人だったことだ。自分の行いに絶対の自信もなく、いちおう型どおりの仕事をして自分を納得させている普通の大人。物事の根本をえぐるような“いち”の言葉にたじろいで愕然とするだけの感受性と良心とを持ち合わせていた普通の大人だったことだ。だから奉行は刑を執行することができずに「日延べ」という落としどころを選んだ。単に問題の先送りではあるが、彼の良心からすればそれ以外の手は打てなかったのだろう。

いまの「お上」に、そんな政治家が果たしているだろうか。法案ひとつを決めるときに、その責任の重さの恐ろしさに思考停止になるほど悩む政治家がいるだろうか。……否! 人間離れした無責任さでワイワイとお神輿を担いでいるようなノリの連中ばっかりだ。しかしそういう連中を選んだのは我々国民なのであるから、これはもう嘆息するしか手がない……。

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(備忘録170514)

地元のプロバスケットチーム「スサノオマジック」がB1に昇格することが決まった♪ 観戦に行きたかったなぁ。

2017 きょうは母の日。別段何もしなかった親不孝者である(汗)。
近年、母の日用に出回るアジサイ「万華鏡」を今年も買って玄関に飾った。去年は青を買ったので今年はピンクを♪ 栽培はなかなか難しい品種らしいので(去年は冬に枯らしてしまった)、今年はこの花をできるだけ長くもたせることを目指そうと思う。

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パンドラの箱

きのうは北朝鮮が何かやらかすかもしれない「Xデー」と呼ばれる日だった。結局、ミサイル発射も核実験もなかったようだが、この先いつXデーが来てもおかしくはない。心配なこと、この上ない。

とは言うものの、心のどこかでそれを観てみたいと思っている自分がいるのも事実だ。もちろん自分は安全圏にいて、それを他人事として観ているのが条件なのだが(ズルいね)。

前世紀に話題になった『ノストラダムスの大予言』。1999年の7月に世界のどこかで何も起こらなかったときには正直がっかりした。私の心の片隅にある破壊願望が満たされなかったからだと思う。

大戦中に東京が焼け野原になるのを経験した坂口安吾は、滅びの運命の美を描いた。大阪で空襲を受けた経験のある手塚治虫は、破壊は大スペクタクルだと言った。こんな天才たちを引き合いに出すのはおこがましいが、そういう感覚はわかる気がする。

もちろん安吾や手塚は自身がそれを経験したのであり、私の単なる想像上の悪魔的な破壊願望とはまったく違うものだろう。渦中に置かれた彼らの恐怖と憤りと悲しみは想像に余りある。しかし彼らはそれを経験したからこそ、後の創作活動の基盤となる哲学を持つことができたのだとも思う。とことんまで堕落したところからおのれの力だけで這いずり上がれと安吾は叫び、再生と命の輝きを手塚は描いた。とことん破壊されたどん底からしか、見えない希望があるのかもしれない。

この世から戦争行為がなくならないのは、人間の本能が行き過ぎた繁栄を危ぶみ、それを破壊しなくては希望は見つけられないことを知っているせいなのかもしれない。

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忖度だの慮りだの……┐(´ー`)┌

私は昔、国家公務員だった。辞めた理由はいわゆる家庭の事情。両親にとって娘は私一人しかいないが、私の仕事でのポジションの代わりはいくらでもいるのだ。後任者のためのマニュアル作りには結構苦労したが、私の仕事内容は後任者にそのまま引き継がれたことと思う。

定員も決まっている、最低限の仕事内容も決まっている、してはいけない行為も決まっている公務員の仕事に「忖度」だの「おもんぱかり」だのは、元来存在を許されないものだ。相手が誰であろうと(総理大臣であろうと都知事であろうと、あるいは背後にそういう権力者の匂いがする誰かであろうと、そのへんを歩いているどっかのおっさんであろうと)、その人が受けられるサービスや利益や権限は公平に提供されなくてはならない。また同時に、その事案に当たる担当者が誰であろうと、同じ仕事をし、その結果は同じにならなくてはいけない。手続きに不備がないか念入りに調べて検討する。故に、手続きには時間がかかるのが一般的だ。いわゆる「お役所仕事」というやつだね。

それが、神風が吹いたような異常とも思えるようなスピードで事態が展開していったとすれば、そこには何らかの力が働いたと考えるのが妥当だろう。お偉いさんが「ここの国有地は安くてもいいからあの人物に売れ(彼のバックには総理夫人がいる)」と命じたのなら、それはもうそれで決まり。お偉いさんがその決定の責任はとってくれるわけだから、物事はその方向へ一直線に進む。というか、進まないと叱られる(笑)。

今回の森友学園の件、私は財務省が「忖度」したのだと思う。総理夫人付き職員がちょっと照会しただけでテンパっちゃった誰かがいたんじゃないかな(笑)。もし本当にそれだけのことだったとすれば、それを「関与」と言ってよいかどうかは意見が分かれるところだと思う。でも実際、政治家(もしくは公人)の仕事なんて誰かの陳情を受けて担当各省庁に口利き即ち「関与」することが主たるものなんじゃないかと推測する。たとえ関与するつもりがなくても、ちょっと照会するだけでも、それだけの影響力があるということは昭恵夫人もわかっていなくてはいけなかったと思う。

昭恵夫人は公人ではなく私人だと総理は言っていたが、ただの主婦に講演の依頼なんかする奴はいない(笑)。「総理夫人」の肩書をありがたがって自分の権威付けに利用しようとする有象無象がいっぱいいるってことだね。くだらない……。

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仏経山リベンジ

日曜日に仏経山(出雲国に4つある神名火山のうちの一つで、伎比佐加美高日子命が座す山)に登ってきた。昨年に続いて2度目のトライである。昨年は本来見るべき磐座を見損ねて下山してしまったので、リベンジなのである。今年は無事に磐座を拝むことができ、展望広場からの眺めも堪能した。

鏡のように穏やかな宍道湖、昨年末に登った嵩山から連なる北山山地がくっきり見える。山陰本線を走る列車がおもちゃのように走っているのが可愛い。何だかわからないが鳥の声が時折聞こえる他はまったく何の下界の音も届かない。神はこういう高みから人間の生活を、悠久の時の流れを見ているのだなぁと思ったりする。

お弁当も食べ終え、さて下山というとき、もうこの山に登ることもないかもしれないと思い、もう一度景色を見渡す。夫が「また来ればいいじゃないか」と言ったが、ここ10年ばかりは私はどこへ行っても「これが最後かもしれない」と思って景色を見てきたような気がする。若い頃には湧かなかった感覚ではあるが、特に哀しいという感覚でもない。ああしておけばよかった、こうしておけばよかったという悔いを残さないという意味合いでもない。ただ漠然と、いまこうしている自分という事実を、味わい尽くしたいという感じがあるだけだ。「一期一会」ってのはこういう感覚なのかもしれないと思う。

歳をとるというのは、若い頃には簡単にできたことができなくなることでもあるが、若い頃には得られなかった感覚を新たに見出すことでもあるようだ。そう思えば、歳を重ねるのも案外悪くない。本日、めでたく57歳になったおばさんの雑感である。^m^

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(備忘録170224)

・きょうは、月末の金曜日に早期退社を促す「プレミアムフライデー」とかいう日だったのだそうだ。ここ日本だよね? なんで日本語じゃないかな~? チープなネーミングにアイ・キャント・ストップ・ラフィングだよ。┐(´ー`)┌

喜ぶ人もあれば大迷惑な業種もあろう。まあ、私には全く関係ない話ではある。経済効果がどれほどあるのかにも興味はない。ただ、こういう取って付けたようなキャンペーンは、不公平感と格差を助長する結末しか生まないような気がする。恩恵を受けない人はどうしても「損」をしているような気がするのではあるまいか。

・村上春樹の新作『騎士団長殺し』を買いに行く。店頭に百冊くらい平積みになっていた。あと、又吉直樹の『火花』(文庫版)と鈴木大拙の『仏教の大意』(文庫版)を購入。まだ『サピエンス全史』も読み終えていないので、読む本いっぱいで嬉しい~♪\(^o^)/

・金正男を殺害した方法はVXと判明。致死量は10ミリグラムだとか。核搭載ミサイルも怖いけど、VXを降らされるのも怖い。あの坊っちゃんは、どうしたものかね……。

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スマホと生きていく人類

トランプ大統領就任から1ヶ月、金正男暗殺から1週間、清水富美加(せっかく『家政夫のミタゾノ』でファンになったのに……)の出家から……何日だ? とかくブログの話題には事欠かない昨今なのだが、確定申告の準備で忙しかったりしてなかなか書けなかった。申告の準備が一応終わったので、きょうは書く。が、全然別の話題だ(笑)。

最近スマホのCMで「私たちはスマホと生きていく多分初めての人類だ」というのがあるが、あれを見るたびになんだかモヤモヤするのである。「スマホがないと生きていけない」の間違いだろうと思ったりする。「だから危機感を覚えよう」と続くなら、あっぱれと思う。だが「そう!スーパースチューデント!」と続くのである。おいおい、何を誇らしげにしてるんだヨ? スーパーなスチューデントなら、スマホ使わずに1週間生きてみなよ!

コピーとしてはよく出来ていると思う。いつの時代だって何かしらの新発明や流行があった。それをことさらにクローズアップして、さあ、新しい時代の幕開けだ!と宣言するのは気持ちの良いことだろう。昭和30年代半ばに生まれた私の世代なら、さしずめ「私たちはテレビと生きていく多分初めての人類だ」った。観すぎると目が悪くなるので最低でも画面の対角線の6倍は離れて観るようにと推奨されていたものだから、狭い四畳半の部屋の隅っこから観たりした(笑)。その後、「パソコンと生きていく」「ケータイと生きていく」人類があって、ここに「スマホと生きていく」人類が登場する。

先日、M氏から面白い記事を教えていただいた。タイトルに曰く「『手書きレポートを写メって提出』にネット民驚愕」というものだ。一見して意味がわからなかったのだが、記事を読んでなるほど驚愕した。パソコンを使えない大学生がいるらしいのだ。だからレポートは手書きした。⇒それを写メって提出した。ということらしい。┐(´ー`)┌

この行動のどこがおかしいか。高校までにパソコンは習得できているはずだから、それが使えないとはよほど出来の悪い大学生だった、ということには目を瞑るとしよう(記事中の教授はパソコンを使えないのがイカンというご意見だが)。抱腹絶倒級におかしいのは、なぜ手書きレポートを直接持参するとか郵送するとかしなかったのかということだ。そこでどうしてスマホが出てくるのかが私にはさっぱり理解できない。

よしんば、「レポート提出はファイルで!」と指定されていたと仮定しても、やっぱりおかしい。それなら最初からスマホでレポートを書けばよかったんじゃないの? 私はスマホを持っていないからわからないけれども、テキストファイルを送ることくらいできるんでしょう? それをわざわざ手書きして画像ファイルで送るって、どういう思考回路なんだろう? 「スマホと生きていく」人類にとってはいいアイデアなのかもしれないが、思考方法としてはものすごく変だ。

件のCMを見て私がモヤモヤするのは、なんでもできるスマホの軍門に降った人類を思い浮かべるからだと思う。使わなくて済むところまでついそれに頼ってしまうのは、依存症としても末期だ。いまは、パソコンとスマホの優劣が取沙汰されている段階だが、手軽な分だけいずれはスマホに軍配が上がる時代が来るかもしれない。しかしそこで問題になるのは、スマホが人類の知恵や思考や直感を放棄してまで使うべきものかということではなかろうか。先の例の仮定の話で言えば、何故ファイル形式で提出するように指定されたのかという相手の思惑を、そのときの人類がはたして察することができるかどうかということだ。

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