一昨日宣言したので、きょうは『ブラック・ジャック・キッド』(久保寺健彦著)の感想を書いてみる。
なにしろ、本文に入る前から笑った小説はこれが初めてだ。「手塚治虫とB・Jに」と献辞の書かれたページをめくると、最初の章のタイトルが「患者はどこだ!」ときた(爆)。BJファンならこの面白さがわかるだろう。記念すべき『ブラック・ジャック』第1話のサブタイトル「医者はどこだ!」のもじりである。
もちろん『BJ』を知らなくても楽しめるだろうが、『BJ』を知っている者には一粒で二度おいしい物語。だから真面目な感想はよそ様におまかせして、以下は一BJファンの目から見た感想ということでひとつよろしく。
内容をごく簡単に書くと、BJに憧れ、身なりや髪型からメス投げ、走り方に至るまでBJその人になりたいと望んだ小学生・織田和也の成長物語だ。前半(小学校3~4年生)の幸せな時代から一転して、後半(5~6年生)では父親の仕事の失敗、母親の失踪、転校、いじめなど、和也を巡る環境にはかなり辛いものがある。それでも和也はBJを「よりどころ」としてそれらのことを乗り越えていく。雄々しく立ち向かって突破していく、というのではなくて、自分の中でそれらの収まりどころを見つけていく、という感じだ。和也の心情を思うとハードな内容なのだが、不思議と暗さを感じない。むしろ、誰もが通り抜けてきたはずなのに今はそういうことがあったことさえ忘れてしまっている 少年期のキラキラした日々に、甘酸っぱい懐かしさを覚えるほうが大きい。
この小説のどこがファンタジーかというと、不思議な少女がひとり出てくるのである。孤独感を募らせる和也が川原へ行くと必ずどこからともなく現れる美少女。名前を訊ねても「好きな名前で呼べ」と言うばかり。ここで和也がどんな名前を思いついたかというと……皆さんもうお判りだろう。「めぐみ」である(笑)。逆に名前を問われて和也が名乗ったのは……「黒男」。「めぐみすと」の私にとっては「めぐみ」「クロオ」と呼び合って遊ぶ二人がタマラナイ(嬉)。どういうわけか川の側から離れられないと言うめぐみ。和也は川で溺れ死んだ少女の幽霊かと思ったりするのだが……。川と言えば海。今も船医として世界のどこかの海上にいるはずのBJの想い人に通じるものがあって、読んでいてニンマリしてしまう。BJも和也も共に岸辺で「めぐみ」を待っている。
この少女が何者なのかは結局よく判らない。尋常でない力を持っていて人間ではなさそうなのだが、あるいは和也の妄想が生み出したモノとも受け取れるのではないかと思う。めぐみは「命は絶対、消えることができないんだ」と言ったり、BJになりたいと言う和也に「(BJが)もうそこにいるのなら、(和也がBJに)なれるわけないじゃないか」と言ったり、つまりは不滅なる命の「総体」と「個」の関係などを語ったりしている。私はこのあたりで『火の鳥』を思い出したりもした。何故そんな少女が突然和也の前に現れたのか。和也が(もしかしたら自分はブラック・ジャックにはなれないんじゃないか)と気付くために必要な存在、もうそろそろブラック・ジャックの真似から卒業しなくてはいけないんじゃないかという和也自身の潜在意識が生み出したモノだったのかもしれないとも思う。
めぐみは最終章「さらば、B・J」でもう一度だけ登場する。この章では、和也の現実の初恋の相手(泉さん)の弟を探すというクリスマス・イブの小さな冒険が描かれる。ネタバレになるので詳しいことは書かないが、和也の前にまずBJとピノコが、続いて(和也の)めぐみが現れる。
----ブラック・ジャックがゆっくり顔を上げた。憧れてやまなかった冷たい三白眼が、その時、確かにおれを見た。
「ここは、お前さんの来るところじゃない」
初めて聞くのに、なぜか懐かしい。視線をそらさず、ブラック・ジャックが言った。
「人生はこれからだ」
すぐに分かった。第113話、『奇妙な関係』。おれだけのために、その言葉を口にしてくれたんだと思った。----
----クロオ、まだだよ。パチッと泡が弾けるように、頭の中に覚えのある声が響き、突然グングン引き上げられた。----
このあたりは是非とも本書を読んでいただきたいと思う。和也にとってはきっと生涯忘れられないイブの夜の出来事である。
夢の中にいたような少年時代は終わりを告げて、ラスト4ページには現在の和也の姿が描かれる。マンガの原作者となった彼は既に結婚して4歳ほどになる娘がいる。ダンボール箱にしまわれていた『ブラック・ジャック』(少年チャンピオンコミックス全25巻)を久しぶりに手に取ると、娘も夢中になって読み始める。私には、この和也と娘の姿が、BJとピノコの姿とダブって見えてしょうがなかった。
----愛しい命をずっと見守りたい。----
ホロリとするエピローグである。
さて、おおよその感想はざっと以上のようになるが、他に印象に残ったことなど書いてみると……。
和也の母親は失踪する前に、和也を連れて以前住んでいた街を辿って歩く。このとき二人は『ブラック・ジャック』の話をするのだが、彼女のお気に入りは「台風一過」のラストシーンだと言う。跡形もなくなったBJ邸でピノコがBJにお茶を差し出す、おままごとのようなシーンだ。彼女が家庭生活にどんな夢を持っていたのか、何を求めていたのかが如実に窺える気がする。
また、和也が密かに「ブラック・クイーン」と名付けた石野という女の子がいる。顔も綺麗だが勉強も運動も男子が太刀打ちできない女子だ。そして、小学4年生にして和也とセックスの真似事までやってしまう。この頃の女子は確かに男子より大人だからなぁ。しかし本家BJでもそこまではやってない……はずなのだが。どこの世界でも「ブラック・クイーン」と名のつく女性は魔性らしい(笑)。
ブラック・クイーンの他にも、和也の友だちには原作の登場人物を彷彿とさせる者がいる。孤独な和也に声をかけてきた宮内は間違いなくゲラと思われるし、才女の泉さんはナッちゃん(早死にするところも似ている)かもしれない。ドクター・キリコの名前も1回だけ出てくる。誰が、とはバラさないが(笑)。
一番笑ったのは……。志望する有名私立中学校への合格の可能性が5%と出た場面。母親は心配するが、当の和也はやる気満々。頭の中にあったのは「浦島太郎」のエピソード。あのオペの成功率は3~4%だった……(爆)。
あと、ひとつ気になったのは「第○○話」と書いてある『BJ』のエピソードが、私の持っている『BLACK JACK ザ・コンプリート・ダイジェスト』の数え方と大幅にずれていること。何故なのだろう? ちょっと不思議。
最後に……。本作を読んだ読後感は芦原すなおの『青春デンデケデケデケ』に似ていた。あれよりもっと幼い小学校での日々が綴られているけれども。「めぐみ」の存在がファンタジックであるだけで、とても優れた青春小説、少年の成長物語である。「日本ファンタジーノベル大賞優秀賞」は嬉しいけれど、そういう目でだけ見られるのは惜しい。『青春デンデケデケデケ』が「文藝賞」を取っていることを思うと、ああいう賞を狙ってもよかったのではないかと思う(新潮社さんゴメン)。『青春デンデケデケデケ』は後に直木賞を取り、映画化もされた。この作品もそうならないかな。映像化には向いていると思う。キートンのような少年が、コートを地面に引きずらないように「シャーシャー」言いながら疾走するシーンは是非見てみたい。
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本家BJは、イブの前日にBQに手紙とプレゼントを渡そうとして、渡す前に失恋する。
手紙を破り捨てて去って行くBJ(きゅん)。
プレゼントは……捨てないんですね先生。使い回すんですか?
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