カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

道徳とは?

『新しい道徳』(北野武著)読了。今回は文庫本で読んだが、もしかしたら以前に単行本で読んだことのある本だったかもしれない(汗)。まあいいや。痛快で簡単に読めるけれども考えさせられることの多い本だから、何度読んだって損はない。

本の内容を簡単にまとめると、道徳を簡単に口にする人間を信用するなという本である(まとめすぎかな?)。あるいは、学校で教わる道徳(および道徳の教科書)の滑稽さを笑い飛ばす本であると言ってもよい。だから、自分の生き方に何の疑問も抱かず、道徳の教科書どおりに生きていくのが一番正しく幸せだと思っている人間には読む必要のない本である。しかし、ここでたけしが書いているのは、道徳を考える上での出発点となる疑問やツッコミの数々であるから、あとは読者がそれぞれに考えなくてはならないのであって、結論が書いてあるわけではない。

ところで、私は小さい頃から「親が笑われるようなことだけはするな」と言われて育った。言ったのは、他ならぬ親である(笑)。ああしちゃいけないこうしちゃいけないと、細かく言われた覚えはないが、この言葉だけは何度も言われた。別に、自分が悪いことをしたときに言われたわけではない。新聞沙汰になるような事件をどこかの子どもが起こしたときなどに、折に触れて言われた。

そんなわけで、「親が笑われるようなことだけはするな」が私の行動の基準になった。つまりはこれが私の道徳である。ごく個人的な問題で、親と意見が合わずに親を泣かせるようなことはしたかもしれないが(したかもしれないじゃなくて、したよ。ごめん)、親を人様からの笑いものにはしないで生きてきたつもりである。いや、そう信じたい……。父は既に他界し、母はたとえ自分が笑いものになっていてもわからない状態になってしまったが、それでもこの私なりの道徳は私が死ぬまで貫きたいものだと思う。でないと、あの世に行ったときに恥ずかしくて親の顔が見られない。

アジア大会の男子バスケの選手が買春行為をして日本に送り返されるという事件があった。国費で大会に参加しておいて何事だ!とか、そもそも女性を金で買うとは許せん!とか、いろいろ批判はできるだろうが、「親に顔向けできる?」と聞くのがいちばんこたえる批判だ思う。つまり、そういうものが、道徳なんだろうと私は思う。

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Lupin

最近「ルパン」に縁がある。

Photo ・まずは先日書店で偶然見つけて購入した『みんなの怪盗ルパン』。
---世界一華麗な怪盗「ルパン」。鮮やかに美術品を盗み出しながら、弱きものを守り、女性を愛する紳士―。その優雅かつ誇り高き姿に憧れ、胸を躍らせた過去を持つ人気作家陣が集結し、当時のときめきを筆に込めて書き上げた、オマージュ小説アンソロジー!---(カバー裏表紙より)

小林泰三、近藤史恵、藤野恵美、真山仁、湊かなえの5人がそれぞれのルパンを描き上げている。どれも軽く読めて楽しかったが、小林氏の「最初の角逐」はルパン物というよりはホームズ物という感じが強い。出てくる人物がホームズなのかワトソンなのかモリアーティなのかルパンなのか混沌としているのが面白い。

Photo_2 ・別の日に書店で偶然見つけて衝動買いした『ルパン・エチュード 1,2』(岩崎陽子著)。マンガである。岩崎氏といえば私にとっては『王都妖奇譚』! これで安倍晴明にドはまりした過去がある(汗)。

『ルパン・エチュード』では、まだ二十歳そこそこのルパンを描いていて、ベースとなっている原作は『アンベール夫人の金庫』から『カリオストロ伯爵夫人』あたりである。興味深いのは、ルパンが二重人格者に描かれていること。「基本的に善良だけど傍若無人で規格ハズレのラウール」と「倫理観にははなはだ不安を感じるが、そのくせ妙に情が厚く義理堅いルパン」とである。周囲が善意に満ちて楽しい雰囲気のときにはラウールが現れ、陰謀や悪意が存在するときにはルパンが現れる。別人格になっているときの記憶はないが、お互いの存在は感じているという設定で、岩崎氏の描き分けが見事である。

で、ラウールはクラリスに惹かれ、ルパンはジョゼフィーヌ(カリオストロ伯爵夫人)に惹かれるわけで、なるほど原作にもあるあの二股はそういうことだったのかと納得がいった(笑)。

因みに、「ルパン」というのは父方の姓で、ラウールが名乗る「ダンドレジー」という姓は母の旧姓。早くに父と死別してからはこの姓を名乗っていた。「ラウール」は本名。しかし『カリオストロ伯爵夫人』では「アルセーヌ」が本名と言われている。結局、ラウール・ダンドレジーもアルセーヌ・ルパンも、どっちも本名かもしれない。が、悪事を働くときにダンドレジーを名乗ることはなかったような気がする(うろ覚えだが)。やっぱり怪盗は「ルパン」でなくっちゃね♪

・続いては、M氏に定期的にDVDを送っていただいているアニメ『ルパン三世 PART5』。
面白い! 私的には前シリーズがイマイチだったので、今シリーズは大満足である。ネット社会でのルパンの立ち位置がなかなか良い。どんなに世の中が変わってしまっても、ルパンはちゃんとルパンでいてくれるのが嬉しい。

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石牟礼道子さん死去を悼む

石牟礼道子さんが90歳で亡くなった。石牟礼さんといえば『苦海浄土』。それしか知らないが、これ一冊で充分と思わせる作品だ。生きておられる間にノーベル文学賞を取ってもらいたかった……。

この本を読むとき、読者は被害者と加害者の両方の気分を味わう。被害者の気持ちを表現するというところまでは他の作家でもできるだろうが、水俣病とは縁もゆかりもないはずの読者をして自分は加害者側なのではないかと思わせる力が底流に渦を巻いている。被害者に対して何もできない、忘れたふうを装って生きている自分は、水俣病を認めてしまっているのではないかと、のど元に刃を突き付けられた気持ちになる。決して忘れてはいけない視点だ。

一度読んだきり二度と読む勇気が出ない作品なのだが、そういう視点の持ち方を明確に私に教えてくれた作品だ。生涯、忘れない。石牟礼さんのご冥福を心からお祈りする(-人-)

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『ビブリア古書堂セレクトブック ブラック・ジャック編』

Bj 『ビブリア古書堂セレクトブック ブラック・ジャック編』(三上延編)読了。

帯に「『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズの著者が厳選した、『ブラック・ジャック』入門編が登場!」とあるように、三上氏が少年時代から慣れ親しんできた『ブラック・ジャック』から13のエピソードが収められている。チョイスされた13編は以下のとおり。おおかたの人気投票で上位に来る作品群とは一味違う、若い読者にインパクトを与えそうな作品が多い印象だ。

「畸形嚢腫」
「木の芽」
「ふたりのジャン」
「アリの足」
「なんという舌」
「その子を殺すな!」
「ガス」
「不発弾」
「ふたりの黒い医者」
「魔女裁判」
「身代わり」
「闇時計」
「台風一過」

各編に1ページほどの解説があり、また冒頭には「手塚マンガの恐るべきスタンダード」と題して『ブラック・ジャック』に対する著者の熱い想いが語られている。この文章が良いのだ! 同じファンとして嬉しくなってしまう♪ 以下、2段落ほど引用する。

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 私は手塚治虫を「マンガの神様」と思ったことは一度もない。ただ神として祀り上げられているような、そんなつまらない存在ではなかった。時には失敗を重ねながらも、一筋縄ではいかない読者という魔物を、あらゆる手練手管と全身全霊をもって何十年も引きずり回し、次のページを開かせ続けた恐るべき現役マンガ家だった。その偉大な苦闘の足跡が十五万枚を超える膨大な作品群として今も私たちの目の前にある。
『ブラック・ジャック』はその最も充実した成果の一つだ。生命とは何か、医療とは何かというヒューマンなテーマはもちろん、様々な社会問題を扱った目線の高さも評価に値する。しかし同時に「半分白髪でツギハギの無免許医」だの「畸形嚢腫から誕生した半分人工物の十八歳幼女」だの「安楽死を請け負うライバル医師」だの、立ちまくったキャラを縦横無尽に動かし、一話完結の多彩なストーリーをグロい手術シーンとともに毎週繰り出す、サービス精神てんこ盛りの神業エンターテインメントでもあるのだ。
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三上氏がいかに『ブラック・ジャック』という作品を愛しているかが如実にわかる文章だ。因みに『ビブリア古書堂の事件手帖』本編には『ブラック・ジャック』を扱ったお話がある。その感想を書いた記事はコチラ

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『真昼の悪魔』

『真昼の悪魔』(遠藤周作著)読了。いやいや、他に読みたい本はいっぱいあるのに、たまたま観た同名のドラマの面白さに、ついつい原作にまで手を出してしまった(汗)。

---患者の謎の失踪、寝たきり老人への劇薬入り点滴…大学生・難波が入院した関東女子医大附属病院では、奇怪な事件が続発した。背後には、無邪気な微笑の裏で陰湿な悪を求める女医の黒い影があった。めだたぬ埃のように忍び込んだ“悪魔”に憑かれ、どんな罪を犯しても痛みを覚えぬ虚ろな心を持ち、背徳的な恋愛に身を委ねる美貌の女―現代人の内面の深い闇を描く医療ミステリー。---(新潮文庫版カバーより)

中学か高校の頃に『海と毒薬』で読書感想文を書いて以来の遠藤周作である。↑上の内容説明には「医療ミステリー」とあるが、女医が主人公のミステリ仕立てではあるものの医療とはあまり関係がない。『海と毒薬』が生体実験を扱って医者の良心を問う作品だったのとは少し趣きを異にする。最終章まで名前が明かされない「女医」の悪魔的所業に、読者は自分の良心を試され、その良心の寄って来たる根拠の薄弱さに思い至って愕然とする。この作品を興味深くおもしろく読める読者なら(もちろん私も含めて)、多少なりともこの「女医」のような悪魔的感覚を持っているに違いないのだから。

この「女医」はおそらくサイコパスと診断される人間なのだろう。ドラマの方では自分の父親に対して「私はどうしてこんな人間なの?!」と叫び、たびたび教会へ懺悔に行く(その実、神父と闘いに行っているのだが)という行動からも、この状態から抜け出したい、救われたいと思っているような片鱗が見えるが、原作の方ではそういうエピソードはなく、どこまでも自分本位で罪を犯し、それに対する後悔もまた満足も得ていない。原作の方がサイコパスの度合いは高いような気がするけれども、ドラマでの演出の方が恐怖は倍増する。自分が罪悪感を持たぬ人間だとわかっている人間がその異常性にも気付いているほうが、より救いがないではないか。

終盤にかけて、女医の周辺にも怪しい人物が登場……いや、ずっと出ているから「発覚」のほうがいいか。いったい彼は何を考えて行動しているのか。善なのか悪なのか。混沌としてくる。普通に生活している人間と悪魔のどこが違うのか……。現代に起こるいろいろな凄惨な事件と照らし合わせてみても、人の心の均衡の危うさを思わずにはいられない一冊である。

あ、ドラマが始まる。観ます♪

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IWGP

『憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークXI』(石田衣良著)読了。

---IWGP第2シーズン、満を持してスタート! ストリートの“今”を切り取り続けてきた本シリーズ。時を経て池袋は少しずつ変容しているが、あの男たちは変わらない。脱法ドラッグ、仮想通貨、ヘイトスピーチ。次々に火を噴くトラブルをめぐり、マコトやタカシ、そしてとびきりクールな仲間たちが躍動する。---

2010年に『PRIDE 池袋ウエストゲートパークX』が出てから4年のブランクを経てこの度の刊行である。私は第1シーズンの半分くらいしか読んでいないが、マコトはその後どうなったかなという興味と、タイトルおよび旭日旗の翻る表紙からヘイトスピーチを扱っていると思われたので、第1シーズン後半を読んでいない不安はあるが購入して読んでみた。

マコトは20代後半になっていた。以前は携帯電話だったのが今はスマホに変わっている。気付いた変化はそれくらい。相変わらずダブダブのジーンズをはき、ユニクロのジャケットを着て、クラシックを聴きながら自宅のフルーツ店の店番をし、暇を見つけては池袋の西口界隈を歩き回っている。何か相談事を持ち込まれると親身に世話を焼き、解決法を考え、ときには同級生でいまはGボーイズ「キング」のタカシの力も借りて、池袋の平和を守る。ほぼ無報酬で働く池袋のトラブルシューターは健在であった。あ、そうそう。戸籍上、中国人の妹ができていることにはびっくりした。これはやっぱり第1シーズン後半も読まねばならないようだ。

さて、本書4編目はやはりヘイトスピーチを扱ったものだった。「昔はつかっちゃいけない言葉ってあったよな?」という冒頭の一文でマコトの立ち位置は明瞭だ。大方の日本人と同じように、中国人や韓国人に対する「出ていけ」だの「死ね」だのというあからさまな言葉の暴力を苦々しく思っている。池袋の町を練り歩くヘイトスピーチの行進を、さて、マコトはどうさばくのか? ネタバレはしないが、私にはちと物足りない展開ではあった。ヘイトスピーチの持つ根深い問題にはとりあえず触れずに、己の利益のためにデモを仕掛ける悪者をやっつける方向に話が進むのだ。もっと踏み込んでほしかったなと残念に思った次第。マコトもタカシも、それなりに力のあるいい男に育ったんだから、ちょっともったいなかったネ。池袋のみならず日本国中だれが考えても「おかしい。嫌だ」と思うトラブルに、マコトの正義感でもって大ナタを振るう姿を見てみたい。

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車たちも会話をしている(笑)

わが家の車をハスラーに換えてから1年ちょっと経った。割りと人気がある車らしく、ちょいちょい見かける。同じ嗜好の持ち主はどんな人だろうと運転者を見ると、あっちもこっちを見ていたりする。一瞬の連帯感が楽しい。

『ガソリン生活』(伊坂幸太郎著)読了。主人公は望月家の車、緑色のマツダ・デミオ。通称「緑デミ(みどでみ)」。とは言っても、そう呼んでいるのは人間ではなくて車たちである。

---のんきな兄・良夫と聡明な弟・亨がドライブ中に乗せた女優が翌日急死!パパラッチ、いじめ、恐喝など一家は更なる謎に巻き込まれ…!?車同士がおしゃべりする唯一無二の世界で繰り広げられる、仲良し家族の冒険譚!愛すべきオフビート長編ミステリー。---

人間以外の視点によって書かれた小説はいろいろあるだろうが(『吾輩は猫である』とか)、車が語る物語というのは初めてだ。彼らは排気ガスが届く範囲なら自由に会話ができるらしい。そして車輪のあるものなら電車でも自転車でもその声を聞くことができる(ただし、自転車は何を言っているのか意味はわからないらしい)。同様に、人間の言語も完璧に理解できる。車内で交わされる会話はしっかり聞いているのだが、こちらからは発信することができない、という状況であるらしい。

だから望月家の人間が巻き込まれる様々な出来事に関して、人間たちは知らないけれども緑デミは他の車から聞いて知っているというような(そしてそれを伝えることができないという)状況にしばしば陥る。また、車内の会話は聞けるけれども、車を降りてしまわれると聞こえなくなるということもある。読んでいるほうはやきもきしてしまうが、ちょうど良い頃合いに謎が散りばめられている感じになっていて、面白い。

ネタバレは避けるが、そういういろんな謎が最後に綺麗に収束し、且つ、いろんな心配事も解決するので、気持ちがほのぼのとする。そして、ラストの数ページ。帯の惹句にもあったが「車に泣かされたのは、生まれて初めてでした。」となる。車を愛おしいと思えるようなお話。お薦めです!

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地震、原発問題その他 160426

チェルノブイリ原子力発電所事故が起こったのが、1986年4月26日。ちょうど30年前のことだ。ソ連政府の発表による死者数は33人だが、その後の被曝の影響と思われる白血病や小児甲状腺がんによる死者は数百万人ともいわれる。

事故発生当時、雨に含まれる放射性物質があるから日本でも雨に濡れないようにしようとか、ヨーロッパ産の小麦粉は危ないからスパゲティはイタリア産でないものを買いましょうとか、嘘かマコトかわからぬながらも危機感は大いに煽られた記憶がある。

2週間ほど前に起こった熊本地震。ここ松江においても本震のときにはケータイの緊急地震警報が鳴り、夜中に家から飛び出した。震度3ほどだったらしいが、遠い熊本が震源なのにここまで揺れるかと怖かった。

現在に至るも余震は続いているという。亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、避難所や車の中に寝泊まりしておられる被災者の方々のご心労を想う。

原因は活断層がズレたことといわれる。一つだけでなく近くの活断層にまで影響が及び、熊本から大分までの広い範囲が震源となった。その活断層のラインの南西には鹿児島の川内原発(稼働中)があり、北東には愛媛の伊方原発(7月再稼働予定)がある。

なんで、原発を止めないかね、という話だ。止めるだけでなく、どうしてさっさと廃炉作業に移らないのかね、という話である。

5年前の東日本大震災のときに自分が書いた記事を読み返してみた。地震の翌日に「地震は天災だが放射能汚染は人災だ」と書いていた。この考えはいまも変わらない。そしてさらに思うのは、人災であっても誰も責任を取らない悪質さだ。実際問題、責任なんか取れるわけがないのだ。ならば、責任の取れないことはやってはいけないという方向に何故向かわないのか。各地の電力会社の経営陣の、人としての資質を疑う。

『生とは、死とは』(瀬戸内寂聴、堀江貴文対談)を読んだ。二人の死生観などが書かれているが、特別編として「原子力発電をめぐって」という対談がある。瀬戸内さんは断固原発反対派。対する堀江氏は「既にあるんだし、止めるとかって超非現実的」と宣う。彼のキーワードは「コスト」であり、会話がかみ合わないことおびただしい。私は彼のことを機を見るに敏な人だと思うし、そういう点でアタマも要領も良い人なのだろうとは思うのだが、不幸な目に遭っている人や弱者に対しての思いやりってものが足りない人だという印象を持った。自分は安全圏にいて他人事は他人事だとバッサリ切れる人。各電力会社のお偉いさんにも、こういう手合いが多いのかもしれないナ。

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『ブラック・ジャックは遠かった』

『ブラック・ジャックは遠かった 阪大医学生ふらふら青春記』(久坂部羊著)読了。

---手塚治虫の母校、『白い巨塔』の舞台でも知られる大阪大学医学部。アホな医学生にとってそこは「青い巨塔」だった。個性的すぎる級友たち、さまざまな初体験、しょうもない悩み。やがて解剖実習を体験し、研修医として手術に立ち会うことに。若き日に命の尊厳と医療について悩み、考えたことが作家・久坂部羊の原点となった。笑いと深みが絶妙にブレンドされた青春エッセイ!---(文庫カバー裏表紙より)

著者には『破裂』『無痛』などの作品があるらしいが、私は未読。ただただタイトルの“ブラック・ジャック”に惹かれて買った(笑)。大阪のフリーマガジン『月刊島民』誌上で連載された「中之島ふらふら青春記」が改題出版されたもの。著者が阪大医学部で過ごした青春時代の出来事や旅行記が、当時の中之島の佇まいと併せて記されていて興味深い。中之島とはまったく縁のない私が読んでも面白いのだから、中之島界隈の方が読めばなお面白いだろうと思う。著者は私と5歳しか違わないので、当時流行った映画だとか歌だとかについての記述も懐かしい。

そういう内容のエッセイ集であるが、中に1編だけ『ブラック・ジャック』について書かれたものがある。著者が医学生だった時代はまさに『BJ』が連載されていた時期とドンピシャ。場所も阪大医学部なのだから「毎週、かなり身近な状況で読んでいた」とある。古い標本室にあった襖ほどの大きさの人の皮膚標本こそが「イレズミの男」の題材であろうとか、無脳児や畸形嚢腫の標本もあったから『BJ』のストーリーのいくつかが「この標本室から生まれたのはまちがいない」という指摘は興味深い。1980年の中之島祭のゲストで手塚治虫が講演をしたエピソードも面白かった(手塚先生、受け答えがさすがです♪)。

また、著者はドクター・キリコがお好きだったようだが、医療に携わった後に小説家となるくらい生と死について感受性の鋭い人ならば、それもむべなるかなと思う。「弁があった」についても触れられていて、「安楽死を早まってはいけないという見本のような逸話だが、私は必ずしも納得しなかった。マンガだからそんな奇跡的な解決法が見つかるが、現実はそう都合よくはいかないからだ」の一文は深く考えればかなり重いものがある。

笑い話として、『無痛』という作品を書いたときに『BJ』のエピソードからちょっとアイデアを拝借したら、ネットのブックレビューで「BJのパクリもあるし」と書かれて恥じ入ったという話もある。「恐るべし、『BJ』の読者」と書かれていて、笑った。

タイトルの『ブラック・ジャックは遠かった』の意味についての記述は見つからなかったが、著者のBJに対する憧れや、医者のあり方や人の生き方についての謙虚で真摯な思いが込められているように感じられて、好感が持てた。エッセイから入ってしまったが、著者の小説も読んでみようと思った。

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この本は売れるのだろうか

久しぶりに小保方氏の名前を耳にした。講談社から『あの日』を出版したのだという。

---「あの日」とは、ちょうど2年前の2014年1月28日のこと。万能細胞「STAP細胞」の発見を発表する記者会見が開かれ、小保方氏がかっぽう着姿で実験の様子を公開した、まさに「リケジョ(理系女子)の星」となった日だ。---http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160128-00000015-sph-soci

上記のネットニュースを読んで、あれから早2年も経ったのかと時の流れの速さに驚く。朝のワイドショーなどで内容をかいつまんで紹介していたが、新たに自分でSTAP細胞を作り出したというようなことではないらしい。「あの日」以来、世間がどう騒いで自分がどんなに苦しく悲しかったかということなどが綴られているという。挙句、理研の罠にはめられたような気がしたとか、若山氏の責任は重いなどという趣旨のことが述べられているらしいが、それを聞いて私は、彼女はまだポエムの中にいるのかなという思いを強くした。

科学研究者ならそれをきちんと実証しないと! 証拠も無しに自分の心証だけで軽々しく誰かのせいだなどと言うのは研究者の取るべき態度ではない。そしてSTAP細胞の存在についても、依然として「ある」というのなら、どうしてそんなにメソメソする必要があるのか! 毅然として、STAP細胞作りに邁進する道を探すべきではないのか。

ワイドショーで聞きかじっただけだが、どうにもねぇ……┐(´ー`)┌。彼女がいますべきことは、こんな本を書くことではなくて、科学を探求する者が一人の人としてどうあるべきかを真摯に謙虚に静かに考えることだと思う。

この本は微塵も読もうという気にならない。

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