カテゴリー「ブラック・ジャック」の記事

『ビブリア古書堂セレクトブック ブラック・ジャック編』

Bj 『ビブリア古書堂セレクトブック ブラック・ジャック編』(三上延編)読了。

帯に「『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズの著者が厳選した、『ブラック・ジャック』入門編が登場!」とあるように、三上氏が少年時代から慣れ親しんできた『ブラック・ジャック』から13のエピソードが収められている。チョイスされた13編は以下のとおり。おおかたの人気投票で上位に来る作品群とは一味違う、若い読者にインパクトを与えそうな作品が多い印象だ。

「畸形嚢腫」
「木の芽」
「ふたりのジャン」
「アリの足」
「なんという舌」
「その子を殺すな!」
「ガス」
「不発弾」
「ふたりの黒い医者」
「魔女裁判」
「身代わり」
「闇時計」
「台風一過」

各編に1ページほどの解説があり、また冒頭には「手塚マンガの恐るべきスタンダード」と題して『ブラック・ジャック』に対する著者の熱い想いが語られている。この文章が良いのだ! 同じファンとして嬉しくなってしまう♪ 以下、2段落ほど引用する。

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 私は手塚治虫を「マンガの神様」と思ったことは一度もない。ただ神として祀り上げられているような、そんなつまらない存在ではなかった。時には失敗を重ねながらも、一筋縄ではいかない読者という魔物を、あらゆる手練手管と全身全霊をもって何十年も引きずり回し、次のページを開かせ続けた恐るべき現役マンガ家だった。その偉大な苦闘の足跡が十五万枚を超える膨大な作品群として今も私たちの目の前にある。
『ブラック・ジャック』はその最も充実した成果の一つだ。生命とは何か、医療とは何かというヒューマンなテーマはもちろん、様々な社会問題を扱った目線の高さも評価に値する。しかし同時に「半分白髪でツギハギの無免許医」だの「畸形嚢腫から誕生した半分人工物の十八歳幼女」だの「安楽死を請け負うライバル医師」だの、立ちまくったキャラを縦横無尽に動かし、一話完結の多彩なストーリーをグロい手術シーンとともに毎週繰り出す、サービス精神てんこ盛りの神業エンターテインメントでもあるのだ。
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三上氏がいかに『ブラック・ジャック』という作品を愛しているかが如実にわかる文章だ。因みに『ビブリア古書堂の事件手帖』本編には『ブラック・ジャック』を扱ったお話がある。その感想を書いた記事はコチラ

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ピノコが観たら激怒するCM

「ブラック・ジャック」が看護師向け通販「ナースリー」のTV‐CMに業界初登場!!
2017年4月18日(火)から、北海道、新潟、静岡、愛知、岐阜、三重、広島にて、TV-CM「ブラック・ジャック驚く」篇が、放送開始。

ネットで観るならコチラ↓
https://www.nursery.co.jp/topics/cm_campaign/

「壊れたBJ」がコンセプトだったそうだが、こんなふうに壊れたBJはもうBJじゃないということがよっくわかったよ……。┐(´ー`)┌

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BJという共通認識

本を読んでいたら突然「ブラック・ジャック」という言葉が出てきて驚く、ということが立て続けに2回あったので、書き留めておく(笑)。

・『火花』(又吉直樹著)にて。
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……ゆっくりと眼を開くと、神谷さんが楽しそうにカーテンをひらひらと動かして、僕の顔に朝日を当てていた。
「やめてください」と僕が言っても神谷さんはやめない。
「徳永の顔面にブラック・ジャックみたいな日焼けあと、作ろっと」と言って、神谷さんは笑っている。
「それの、なにが面白いんですか」僕は毛布で顔を隠した。……
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日焼け痕であれを再現しようと思ったら、夏の海辺で一日がかりじゃないかな~。

・『新しい単位』(世界単位認定協会編)にて。
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「4万1500Sn ブラックジャックの器用さ」
我々の研究のなかで、もっとも高い数値を示したのは、神業ともいえるメスさばきで、多くの重病患者を治してしまう、医師免許を持たないあの外科医です。ブラックジャックの「器用さ」は、なんと4万1500シンニョーを記録。……ただ、生き方の不器用さが気になります。
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この世のいろんな現象を新しい単位で表そうとする本なのだが、「漢字の“しんにょう”を綺麗に書きこなす器用さ」を「1Sn(シンニョー)」としたとき、その最高得点を叩き出していたのが、我らがBJ先生の手技だった(笑)。生き方を計測すれば0.1Snくらいかもしれないが……(爆)。

・あと、これはBJ先生の名前が出てくるわけではないのだが、ドラマ『真昼の悪魔』で悪魔のような女医が鏡を見ながらセルフオペをした。器械出しは彼女の婚約者(医療についてはまったくの素人)が行っていた。BJ先生の場合は助手も無しでやっているときがあるから、やっぱり4万1500Snの男はすごいな~(笑)。

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『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』

2月4日にAmazonから届くはずの『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』(つのがい著)が一日早く届き、決算処理という大事な仕事があるのについつい読んでしまった。

同氏のTwitterでその画力には驚嘆していたものの、いざ書籍化されたものを手に取ってみると、本当に手塚治虫が描いたBJのようで、何やら懐かしい既視感に襲われたりもした。

「イラストギャラリー」に見られるように絵は言わずもがなの巧さだが、特筆すべきはそのコマ割り。縦横を無視した斜めのコマ割りや非常に小さなコマの配置がまさに手塚治虫を彷彿とさせる。しかし手塚がそれを劇的な手法として用いているのに対して、つのがい氏は徹底的にギャグに用いている。劇的にする必要のないところを妙に盛り上げるというギャグセンスが、イイ♪

手塚マンガのパロディというジャンルの先駆者としては田中圭一氏がいるけれども、田中氏のような下ネタがない分、読みやすい。絵もより手塚に近い。全体としては『聖☆おにいさん』のようなまったりとしたギャグタッチの本に仕上がっている(『聖☆おにいさん』よりキャラが皆アホだが)。私のようなおばさん世代にはわからないネタもあって、そのへんも『聖☆おにいさん』のよう(汗)。

そして、これはギャグマンガなのだから、BJやピノコ、キリコ、ロック等々が出演していても、『BJ』の持つ世界観を期待して読むべき本ではないのだろう。BJがただのボンクラであることが最大のギャグだと考えれば、『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』というタイトルもこれで良いのだろう、きっと。それでも、「おるすばんピノコ」に描かれているピノコは私の想像するピノコと重なるし、手塚治虫に対する愛情は高田馬場の和菓子店「青柳」でのお話(ラストのコマのBJの表情は必見!)に溢れている。

これだけの絵が描けるのなら、もっともっと突き抜けたBJギャグも読んでみたい。もっとも、突き抜けたギャグというのがどういうものか私にはわからないのだけれどネ……。あるいは、この絵で、本当に手塚御大が描いたのかと思わせるような作品はできないものだろうか。優れた原作者の原案、あるいはストーリーを広く公募などして、それをつのがい氏が20ページで描いたら……。それを「少年チャンピオン」誌上で読めたなら、BJファンの至上の喜びとなりそうな気がする。

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ここ一週間ばかり、ブログの管理画面にログインできない。なんでもGoogle Chromeでそういう症状が出るとのことだったので、久々にIEからログインしている(Microsoft Edgeはデザインが嫌い)が、動作が遅くてイライラしっぱなし。
早く直してくださいよ、ココログさん!>_<

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『完全保存版 手塚治虫の世界』

大型スーパーの書籍コーナーで『#こんなブラック・ジャックはイヤだ 』を探すも見つからず。行かれる範囲の書店でも軒並み見つからないので、いずれは取り寄せを頼むしかないか……。

代わりに見つけたのが『完全保存版 手塚治虫の世界』(別冊宝島2531)。『BJ』の「木の芽」の原画が全ページ掲載されている。フキダシの切り貼りの痕や、手書きのノンブルや、編集者が付けたであろう赤鉛筆の丸印も生々しい。どうせ〆切を大幅に過ぎてから上がってきた原稿であろうから(笑)、編集さんが必死で作業したのだろうなぁ……と思うと、当時の熱気と緊迫感が感じられて、ゆかしく愛おしい。

9人の「著名人が語る!」手塚マンガの思い出や考察がおもしろい。森川ジョージ氏は、手塚作品の中で特に好きなヒロインとして如月先生を挙げているし、ヤマザキマリ氏は『BJ』を「神作品」と評しているし、概して『BJ』の評価が非常に高いのが嬉しい。

大塚明夫氏が語るBJ像は、さすがに長年BJ役をこなしてきた声優さんだけあって、読み応えがある。
---大塚さんから見て、BJというのは男としてどういう評価になりますか?
---僕はだらしないので、あんなにとんがった人と一緒にいるのはツラいですね。(以下略)
「とんがった人」! もう、ね。この一言だけでBJという男を端的に表現できているようで、笑った笑った。

『鉄腕アトム』や『火の鳥』のファンにとってはちょっと物足りない内容かと思うが、『BJ』ファンなら持っていて損はない一冊。定価は1000円+tax。

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めぐみさんのアルバム

「如月めぐみのことが気になって、もうどうしていいかわからない」とおっしゃるほど如月めぐみファンであられるヨコさんからのコメントを受けて、久々にBJと如月めぐみのことを考えてみる。

最近いただいたコメントの中で、ヨコさんが次のような疑問を呈しておられた。
「でも、二人は恋人だったと言いますが、本当に付き合ってた期間はあったんでしょうかね?
あのアルバムは何だったんでしょうね?(^_^;)」

最初の疑問に関しては、これはもう読者各人の想像に任せるより他ないところだと思う。更には、何故二人が別れることになったのか? どっちから別れを切り出したのか? あるいは合意の上ではないのか? どういう別れ方をしたのか? 等々、原作に描かれていない事柄については、読者それぞれが様々な想像をしてもよい部分なのだとも思う。

以下は私の想像である(笑)。めぐみさんの手術が終わって後、BJは彼女を献身的に看護する(したに違いない)。その入院期間はどれくらいであったか。めぐみさんは子宮癌だったわけだが、20代で発症している点から子宮体癌ではなく子宮頸癌だった可能性が高く、また子宮だけでなく卵巣まで広範囲にわたって摘出していることから広汎子宮全摘術が行われたと思われる。その際の入院期間は現在では3~4週間となっている(連載時ならもっと長かったかも)。つまり、愛を告げた手術の後、めぐみさんが入院している間、少なくとも一ヶ月ほどは二人は親しく接する時間があったと思われる。

さてその後のことだが、私はめぐみさんの退院と同時に別れが訪れたと思っていた。その際は、別れの言葉も前兆もなく、めぐみさんがBJの前から突然姿を消して行方をくらましたと想像していた。理由はない(爆)。ただ、それが一番想像しやすかったからというに過ぎず、BJはその後風の噂に彼女が船医になったと知ったのだろうと思っていた。

ところが、今回のヨコさんの二番目の疑問である。
「あのアルバムは何だったんでしょうね?(^_^;)」

ここでどうにもわからないことが出てきた。あのアルバムはどういう来歴のものなのだろうか。これまで私はあのアルバムについて、他の医局員(辰巳先生あたりか?BJと如月先生のツーショットもあるのだからBJ自身が撮ったとは考えられない)が撮っためぐみさんの写真をBJがこっそり貰い受けてアルバムにしていたと考えていた。しかし、だ。「めぐり会い」でBJはそのアルバムを如月先生に「思い出を清算するために」「渡す」と表現している。

自分がこっそり作ってきた好きな女性のアルバムを本人に渡すことが、思い出を清算することになるか? はぁあ?! である。考えてみればこれほど不可解な行動はない。とんだトンチンカン野郎だ。自分がこつこつ作ってきたアルバムなら、「さようなら、めぐみ……」とキザにつぶやいて暖炉へポイすれば済むことだ。それをめぐみさんに渡しているということは……。

これはめぐみさんが作っためぐみさんのアルバムだということになるではないか!

いまはどうだか知らないが、ひと昔前は恋人同士が別れるときはお互いにもらったものを返すという風習(?)があった。BJはその伝でアルバムをめぐみさんに「返す」という行動に出たのだと思う。単に「渡す」ではなくて、ここは「返す」だ。つまり、めぐみさんから借りていた、あるいは「もらった」アルバムを「返す」ために、ずっと持っていたということになる。

では、このアルバムがめぐみさんからBJの手に渡ったのはいつなのか? 少なくとも手術以前ではない。愛を告げられる前に、めぐみさんがBJにそんなものを見せるはずがない。だとすると、めぐみさんの退院後だ。入院中に「きみの写真が欲しい」とかなんとかBJが言い、それではとめぐみさんが家から取ってきてBJに渡したのか……。

う~む。話がややこしくなってきた。めぐみさんの方からBJを振ったのだという前提を正しいとすると(というか、そうだとしか私には考えられない)、めぐみさんはいったいどういうつもりでアルバムをBJに「渡した」のだろう? 別れようと思っている恋人に自分のアルバムなど渡すだろうか? あるいは、渡す時点ではまだ別れを考えていなかったのか?

しかし、いずれもしっくりこない。別れようと思っている相手にアルバムを渡すなら、それは「自分をいつまでも忘れないでね」という意味になるだろう。めぐみさんがそんな自意識過剰な人だとは思えない。そしてもしそういう意味だったとしたら、最後にBJがアルバムをめぐみさんに返すという行為はとんでもなく酷い行為になってしまう。だからめぐみさんは別れを前提にアルバムを渡したのではない。ならば、渡す時点ではまだ別れを考えていなかったということになるのだが、めぐみさんはそんなに性急に別れを決めたのだろうか? 私は入院期間中にじっくりと考えてその悲しい決断をしたと考えたいのだが。

あらら~、答がなくなってしまった。┐(´ー`)┌

試しに「めぐり会い」という話からアルバムという要素を取り去ってみるとどうなるだろうか。
 如月先生の電話を受けたBJは即座に会いたいという意思を表明する。
 ついてきたピノコがいなくなり探す。
 ピノコは如月先生と話をして、めぐみとBJの恋模様を聞く。
 BJと如月先生は、たいして話もできなかった。
 後日、如月先生が出航するのをBJが見送りに行く。
これだけの筋である。しかしここにアルバムという要素が加わると、ラスト2ページが実に劇的に変貌する。「え?! 如月先生がめぐみさんその人だったの?!」と、読者はそのトリックにビックリするのだ。ついでに言えば、二人の再会にピノコがついてくるという要素も大事だったのだと気付く。二人きりだったなら、早々に「如月先生=めぐみさん」ということが判ってしまっていただろう。

だから……。「ストーリー展開の都合上」という読み方はあまりしたくはないのだけれども、アルバムという要素はストーリーを劇的に展開するための小道具だったというのが、いちばん破綻のない読み方なのかもしれないと思う。そして、手塚先生の都合上だったとすれば、二人の別れもアルバムの謎もやはり読者各人の想像を膨らませてよいのではないかと思う。いかがでしょうか?^^

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ゴスロリピノコ?!@_@

朝日新聞に載っていた記事「手塚キャラ 時を超え大変身」。ゴスロリ仕様のピノコに仰天して思わず切り抜いてしまった。ピノコファンのKさんやE氏のご感想を是非伺ってみたいところだ(笑)。
Photo
ネット版の同記事(http://www.asahi.com/articles/ASJCQ3RFTJCQPPTB001.html)も覗いてみたが(登録していないので途中まで)、BJ先生がどんなふうになるのかは不明。このピノコに釣り合う先生なら、それはもうゴシックの極致になるのではなかろうかと戦々恐々だ……。

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『100分 de 手塚治虫』

11月12日に放送された『100分 de 手塚治虫』のまとめを書いておく。『BJ』については、司会の磯野さんが「大人になって初めて『BJ』を読んだのが手塚作品の初めてで、アウトローで人の命を救ってかっこいいって本当に恋心を抱きましたね」と触れていた程度。

『100分 de 名著』でマンガが取り上げられるのは初めてのこと。手塚の漫画家デビュー70周年記念ということで、100分ぶっ続けの拡大版だった。ゲストは4人。女装家ブルボンヌが『リボンの騎士』と『MW(ムウ)』、映画監督の園子温が『鉄腕アトム』、精神科医の斎藤環が『奇子』、僧侶の釈徹宗が『火の鳥 鳳凰編』をそれぞれ取り上げた。

どのような視点で語られたのかは、これらの作品の傾向からだいたい察しがつくというものだ(笑)。ブルボンヌさんが、昨今のトランスジェンダーの傾向を手塚は既にこの頃から描いていたと語り、園監督は手塚の描線の色っぽさを語り、斎藤先生が手塚作品のエロさに不意打ちされて面食らった経験を語る。もう「手塚はエロだ」の大合唱であった(笑)。

では手塚治虫は何にエロティシズムを感じていたのか? 手塚自身がそれを語る貴重な映像も流された。それによると、「僕は生物、特に生身で動いてる生物にすごいエロティシズムを感じるんです。例えば猫とか犬とかが歩いてる時に、それは動物だからっていうんじゃなくて、生命力のエロティシズムですね。いわゆる性的なものじゃないんです。(中略)世の中の生き物の動きというものはだいたい円が基調の動きなんですよね。(中略)その滑らかさとそれからその流麗さみたいなもの。(中略)そういったようなものが動いた時のエロティシズム、これを追求したいんです」ということであった。

手塚が中学生の頃に見た夢の話も紹介されて、そこでは「(手塚は)やっぱ変態だな」ということで衆議一決(笑)。

前半は散々エロ話(?)に終始したが、後半は手塚の作家としての偉大さに焦点が当たる。斎藤先生は手塚の作品の特徴は「ポリフォニー」だと指摘する。トルストイの作品には多くの人物が登場するが、みんな作家の独り言を人物に振り分けてるだけ。しかしドストエフスキーはそうではなく、それぞれの登場人物が紡ぎ出す旋律が同時進行してある種のハーモニーを作り出している。手塚の『奇子』はそういう作品であり、「この漫画界でポリフォニックな作品を作り得た最初でひょっとしたら最後の人かもしれない」と言う。「教養人というのはいろんな文学とか映画とかを非常にたくさんインプットし、膨大なものを吸収して、それを自己流に消化して出力できるという回路を兼ね備えた人」とし、「手塚は最後の教養人だった」と語る。

最後は釈さんが語る『火の鳥』。『火の鳥』に描かれる世界観や生命観について「部分は全体と同じ、全体は部分と同じという入れ子構造が『華厳経』のようだ」という指摘がおもしろかった。また「『火の鳥』で描かれてる宗教性なり生命観というのはそれほど突飛なものでもない。ところがマンガにするととてつもない力を発揮する。やっぱりマンガならではの部分はあるんじゃないかと思う」と語る。『火の鳥 鳳凰編』で、我王が回心するシーンが取り上げられ、絵で笑わせてセリフでは何か気付きが起こったと分からせることなどマンガでしかできないのではないか。頭で一旦消化して腑に落ちるというんじゃなくて、もう直接くるものであるから、そういう宗教体験のようなものをわからせるにはこれほど適した手法はないのではないか、という指摘には説得力があった。

まとめ的な事柄として、「手塚が表現してきたことがまるで火の鳥のように後世の人々に繰り返し影響を与えて受け継がれているのは象徴的なことだ」という司会の伊集院さんの発言が心に残った。

私的感想としては、手塚というのは人間の非常に原始的な感性に訴える力を持った作家だったことを再認識できたことが大きかった。エロにしろ、回心という宗教的経験にしろ、それは頭で知性的に理解できるものではない。生き物なら何でも持っている本能に直接響いてくるものだ。極言すれば、それを感じられるということが生きているということなのだろうなと思う。そういう手塚の特性を、やれ今のオタク文化の走りであるとか、この線がエロいだのと分割して理由を後付けすることに意味があるんだろうか?と、少々違和感を覚えたことも付記しておく。

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BJフィギュアと「GLOBE」

Bjandp

・先日、AmazonからメールでBJのフィギュアの紹介があった。「セガ プライズ ブラックジャック エクストラフィギュア セピアカラー」というやつである。見ると、BJ先生はまあまあとしてもピノコがかわいい♪ BJとキリコならZC WORLDのを持っているが、私はピノコのフィギュアを持っていない。一体ほしいものだと思っていたので、即座に申し込んだ。「残り2つ」というのに煽られたところもあるのだけれど(笑)。
7月1日に届いたので、ここでお披露目。かわいい! そっくり返ったポーズも良い♪ 2004年の作品らしいが、新品だった。セピアカラーということで、二人の衣装もなかなか渋い色合いだ。満足である♪
Bj_globe・7月3日、朝日新聞に毎日曜日についてくるタブロイド紙「GLOBE」の表紙がBJ先生だった。朝からテンションが上がった(笑)。現代日本の医者のありようがいろんな側面から特集されていて、所々にBJ先生のイラストやマンガの一コマが挿入してある。決してBJ賛美という特集でないのはもちろんのことで、Tクリニック院長のインタビューの中には「自分はBJが大嫌いだ」と書いてあったりもする。まあ、BJのほうでも「慈善を売り物にする人間は虫が好かない」と言うだろうけれどもネ(笑)。

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手塚関連2つ

・ドクターキリコ~白い死神~ 第3話
雑誌を買い忘れて2話目は読みそこなった。3話目では、キリコが普通の病人の手術を行うシーンが描かれていた。珍しいね~(笑)。最後にはその病人の父親を死なせてやるのだが、なかなか人情味あふれる話であった。ただ、もしもここにBJという医者が一枚噛んでいたならば、キリコと殴り合いをしてでも絶対に食い止めただろうと思う。BJとキリコでは、幸せという観点から見た人の生き死にの閾値が違う。

・TVドラマ『重版出来!』最終回
Photo編集者と漫画家の悲喜こもごもを描いて面白かったこのドラマも先週が最終回だった。大ベテランの三蔵山先生のモデルは間違いなく手塚治虫だ。三蔵山の書棚の左半分には手塚治虫の作品がしれっと大量に並んでいる(笑)。近代芸術文化賞を受賞した三蔵山が「オワコン」から復活してこれから誰も観たこともないようなマンガを描くと宣言するシーンは痛快だった。『BJ』で日本漫画家協会特別優秀賞を受賞し完全復活した手塚治虫を彷彿とさせてくれた♪

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